2014年9月 のアーカイブ

木蓮にまた来る夜のとばりかな     大峯あきら

2014年9月27日 土曜日

日は毎日昇り毎日沈む。決して留まることない日夜を、誰もが、歴史の中でどれだけ凝視してきたことだろう。そうして見つめられてきた昼と夜の天象が一日たりとも狂ったことはないのである。

だから我々はその日毎の移り変わりを淡々と受け止めるしかない。言葉にしてしまえば朝が来る、日が暮れるというしかない現象を形にするのが俳句なのだと改めて思うのである。

掲出の花は白木蓮だと思いたい。それによって夜のとばりがよく見え、白木蓮が印象的になる。(また来る夜のとばり)は万人の頷く措辞で、そのことばは詠み手の人生の中で揺曳され続ける。(口切やしかと音して椎の雨)(午からは日のあふれたる彼岸かな)(花種を蒔き満天の星となる)(日輪に触りゐるこの大桜)第九句集『短夜』 2014年9月   角川学芸出版    (岩淵喜代子)

月山の石に秋暑の影走る   鈴木貴水

2014年9月26日 金曜日

一句は出羽三山の一つである月山の山中で得たものであろう。夏スキーもできるという月山はなだらかな稜線を得て、登山者にもゆったりと視界を広げられる山である。その山中の石に、折々影が走る。

鳥なのか、トンボなのか、あるいは雲の影なのか。音もない影は形を見極められないまま通り過ぎてゆく。その影に秋暑の季語を被せることで、影の存在感が鮮烈になった。同句集には(新涼や光りて走る水の音)というのもある。どちらも形無きものを走らせながら形が作られていく。句集『雲よ』 2013年 北溟社  (岩淵喜代子)

極楽も地獄も称へ盆踊り   岩淵喜代子

2014年9月21日 日曜日

評者 春田千歳

(ににん夏号)極楽も地獄も称へ、というフレーズに驚いてしまったが、私は東京佃島の念仏踊りのことを詠んだ句だと表題にある。私は毎年七月の行われるこの盆踊を見たことはなく具体的にどのように踊るのかどのような歌詞なのかわからないがどうも「南無阿弥陀仏」という言葉が唄い込まれているらしい。由来を調べてみると江戸時代、摂津の国から移住してきた漁師達が本願寺教団の信徒であり、隅田川の近辺の無縁仏供養が踊りの発端であったらしい。

東京の超高層マンションの林立するすぐ近くで昔と変わらない念仏踊りが今も継承されていることに感動するとともに、もし私がこの地を吟行したならばお祭りの情緒に流されてしまって観光俳句になってしまうだろうと思った。しかし作者の岩淵氏は「南無阿弥陀仏」と言って踊る人の心のなかに入り、極楽も地獄も称えるというこの独特の祭りの本質を掴んだのだ。素朴で力強い人間本来の姿をみたのではないだろうか。同時発表の句をもうひとつ

水盤に水を満たして留守居かな

祭りでにぎわう表通りをちょっとはずれた小路での景か。水盤とは平たい陶製の花器のことで水辺の景を飾ったり、すらりとした草花を活け涼を楽しむものである。通りすがりにtyっと覗いた一軒の家かもしれない。
祭り囃子の聞こえる座敷でゆったりと水盤の水を眺めている家人がいる。祭りで楽しむ人と、家で静かに待つ人。動と静の対照。どちらも大切な時間が流れてゆく。
2014年9月号「未来図」現代俳句逍遥より転載

月齢をかぞへてをれば雪しずり    岩淵喜代子

2014年9月20日 土曜日

評者 岩男 進

(個人誌「白い部屋」)月齢を数えているのだから、しずりは聞こえてくるのである。しずりが聞こえるには相当静かな環境が必要で、そのなかでひとり月齢を数えている。 釣りにいくのか月見の算段か。それとも占いか女性のコンディションか、障子に閉ざされた部屋の中はしかしあくまでも静寂である。「六曜」2014年36号 「575の散歩」より転載

曼珠沙華が満開

2014年9月18日 木曜日

梅が一か月遅れで咲いた記憶はあるが、曼珠沙華は毎年お彼岸に合わせて咲くから不思議だ。

曼珠沙華(20)  今年もやはり彼岸に間に合うように咲いた。鎌倉の路地の塀際で、ことに満開の曼珠沙華に出会った。真黒な揚羽蝶が曼珠沙華の花から花へ移って蜜を吸っていたが、その吸うときの力み方が目を引く。花に顔を埋めるたびに後羽が激しく振れるので、「そんなに大げさに吸うの」と思わず声をかけたら別の花に移っていった。

『蝶の舌』という映画をみたことがある。1936年、スペイン内戦が背景にある映画で、転校生の少年と担任の教師の信頼を深めていく過程に魅せられた。子供はいつも愛してくれる人を好きになるのだ。

蝶の口は管状になっていて蜜を吸うときはそれをのばして花の中へ差し込むというのはその映画で知った。だから、揚羽蝶が顔を花に埋めるたびにその管を花の奥深く差し込んでいるんだなーとおもうのだが、それだけではない。蜜を吸いこむたびに後羽を激しく振る。というより、後羽を風車のように回しているように見えた。

映画の中では、少年の住む片田舎にもファシストの勢力が及んできて、共和党の先生が捕えられていく。村人は保身のために知らないふりを子供にも強いていた。少年が最後のシーンで叫ぶのが「蝶の舌」なのだ。先生にはそれだけで伝わるのだ。

校了

2014年9月17日 水曜日

今日は「ににん」と拙書「二冊の鹿火屋」の校了だ。両方を同時に郵便局に預けてきた。しばらく、旅行のことなど考えたい。とりあえずは10月初めは二泊三日の法事をかねた旅がある。心置きなく出かけられるのは下旬かな。

と、なんとなく体を緩めていたら、出版社で書斎拝見の企画を、と言ってきた。えっと吃驚。有難いお話だが、何たって私の書斎は小さいだけではない。大きめの机の上がパソコンを残してすぐに山になるのだ。パソコンが勝手に撮った私の顔の後ろの窓には、一応レースのカーテンなどが掛かっているが、そこには、締め切りだの、行かなければならない予定の案内などが、あるいは支払書が洗濯ばさみで止めてあるのだ。そうして横には、整理の仕様のない本が雑然と並んでいる。

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過ってこの横の書架には、石鼎の資料が上から下まで全部詰まっていた。その資料のすべてをデーター化して今は、アイパットの中で見ている。なのになぜか、やはり以前と同じ様に上から下まで雑然と本が詰まってしまった。ほとんどの本を別の部屋におくので、ここは、ちょっと調べるときの資料的なものしかないのだが・・・。
一度、この雑然としたものを片付けたことがあるのだが、片づけるというのは捨てることみたいになってしまって、困ったことがあった。まー、今回は「すぐには・・」と保留にしていただいた。

 

糸滝のひと筋ごとに風生れ    葵 瓔子

2014年9月17日 水曜日

糸滝というから、糸のような細い流れが寄り集まって滝を成している繊細なものなのだろう。そのひと筋ひと筋を見詰めていると、それぞれが微かに揺れている。滝の落下する勢いに自らの滝ごとに揺れているのだ。それだけのことだが、(ひと筋ごとに)の措辞から作者が滝へ、あるいは滝が作者へ一気に近づいてきた。

俳句は凝視から生れるものである。まさにこの一句は滝と真正面から向かい合うことで成したもの。他に(枯野人船出のごとく沖めざし)(寂しさにこぼす霜夜の砂時計)(百歳の帯を鳴かせて着衣始)など、対象に向かい合う作者が見えてくる作品が多い。第二句集『水明』 2014月8月 序句・上田日差子  跋・今野好江

むくむくと智慧のかたまり黒葡萄     鍵和田秞子

2014年9月10日 水曜日

ギリシア神話では、葡萄はバッカスの所有物とされ、栽培もまたバッカスの手によるものと言われている。「ノアの方舟」で有名なノアが洪水の収まった後に、最初に植えた植物も葡萄だったという。こうした歴史を持つ葡萄は世界中で栽培されている。

最近は品種改良が進んで、見事な大粒葡萄を店頭に目にする。掲出句の(むくむく)はまさに大粒の葡萄の特徴を視覚から置き換えた言葉である。

さらに(むくむくと智慧のかたまり)となるとき、びっしりと重なり合う葡萄の一房の重量感が際立ってくる。草田男に(葡萄食ふ一語一語の如くにて)があることを知れば、掲出句は弟子としてのオマージュであろう。ほかに、(凧の子に空の全円平城宮址)(障子閉づなにやら大事断つごとく)(かきつばた影のごとくに尼通る)(散りなむとしてなみだいろ根尾桜)など。(鍵和田秞子句集『濤無限』2014年8月  角川学芸出版) (岩淵喜代子)

満月

2014年9月9日 火曜日

先週のににん句会を見学しに来たフランスの女性が、帰りに一人でドトールによって、俳句を作ってみたというメールを頂いた。なんだか、非常に恥ずかしがっているような感じだ。当日の句会の場でも、会話は少しも滞らないし、受け取ったメールも日本人と変わらない文章である。

それでも、馴染のない句会の場で緊張していたのかもしれない。俳句は外国でもハイクと言うので、日本独特の文化なのである。私たちには何でもない句会の場は見知らぬ世界だったに違いない。

確かに、私もカルチャーで俳句講座を受け、一年後くらいに鹿火屋の句会に参加した時には、緊張してしまって何だか金縛りにあったように体が動かなかった。目の前に置かれたお茶を飲もうとして茶碗を口に近付けるのだが、口まで茶碗が運べないのだ。首が硬直して茶碗に近付かないような感じだった。手の茶碗をさり気なく下に置いては、また茶碗を手に取ってみるのだった。

そんな緊張感が何か月も続いた。他所の国、そして自国にはない文化の世界、という複数のハードルを越えるのはきっと大変なのだ。今夜は満月。窓から真正面に月が出ていた。

敬老日しみじみと掌のうらおもて   吉武千束

2014年9月9日 火曜日

ウィキペディアによると、兵庫県多可郡野間谷村で老人に感謝をする日として行っていた行事が、国民祝日になったようだ。掲句はそれなりの年齢を重ねた作者が、年長者へというよりは、自分を振り返っているのである。それが(しみじみと掌のうらおもて)の叙述になった。

石川啄木の(働けど働けど我が暮らし楽にならざり/じっと手を見る)とは違うが、わが手をみる行為は自照を行動化したもの。自らを振り返っているのである。この端的な表現力が(発掘のこの日焼ぶり真面目ぶり)(風鈴の吊し処を風にきく)(鎮まりし波起こしては紙を漉く)(日傘ふとうれしきときは回しをり)などの佳句を生む土台になっている。(三第一句集『太古のこゑ』序文=能村研 2014年7月 文学の森)(岩淵喜代子)

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