俳誌望見 筆者・ 池田雅夫
『ににん』春号 通巻58号より
「ににん」は季刊誌である。すなわち春夏秋冬の、年四回発行される。本号・春号は冬から晩春へと移り変わる様が詠まれていて、新鮮な感覚で拝読した。
岩淵喜代子代表が『二冊の「鹿火屋」――原石鼎の憧憬』で、第二九回俳人協会評論賞を受賞された。その書評を三人の方が寄稿している。二冊の「鹿火屋」とは、一般会員に頒布された結社誌「鹿火屋」とは別に、主宰の原石鼎用に編集された昭和十六年十月号と十七年一月号の「鹿火屋」のことである。
石鼎用の「鹿火屋」には、一般会員用に無い句や散文詩などが載せられているという。筑紫磐井氏は、「狂気の論理化」と評し、「石鼎の聞いた神の声を再現しようとしている」と述べ、石鼎の深層心理を追求しようとする探求書であるといっている。これらの書評を読むだけでは全く理解できない。岩淵氏の受賞作品を拝読しなければならない。
さて、「ににん集」(三十八人)の作品を拝読する。今号の兼題は「時計」である.感銘句を五句紹介する。
懐中時計ちらりと見ては懐手 及川 希子
霧笛とは巨大海鼠の腹時計 岡本 恵子
腹時計海鼠クルツと反転す 高橋 寛治
秒針に息合はせ子を待つ夜長 阿部 暁子
春塵を払ひ目覚まし時計捲く 岩淵喜代子
時計草や時計回りなどの言葉の上での時計もあり、発想のおもしろさ、着眼点の多さの認識を新たにした。
「さざん集」(四十二人)の中から感銘句を五句紹介する。
丹沢の一枝をゆらす眼白かな 木津 直人
器量悪き柚子選ばれて冬至の湯 黒田 靖子
雪解の音ちりちりと野に満ちて 武井 伸子
寒梅やふつと溜息したやうな 牧野 洋子
消炭のあつさり燃える夕べかな 山下 添子
多くの作品を拝読することで、知らなかったことや表現の重要性など、たくさんのことを教えていただいた。
正津勉氏が、山岳俳人として知られている前田普羅について述べている。普羅は、大正十三年五月、四十歳のときに、某新聞社富山支局長として赴任した。立山・飛騨に句材を探る山狂いといわれた普羅の山の句と同時に、じつは海の句も素晴らしいと記している。句集「能登蒼し」を繙き、富山赴任に際し、トンネルだらけの中に一瞬見えた親不知の海を初めて目にした。夕暮れの海の蒼さに驚嘆の声をあげたのだと言い、「能登蒼し」と強く心に残ったと断定している。
象徴的な一句を紹介しよう。
春の海や暮れなんとする深緑 前田 普羅
北陸は、裏日本と言われていて、その存在すら認識されていなかった。奇しくも今年、北陸新幹線が金沢まで延伸開業された。五月末に、その北陸新幹線を利用して、水明創刊八十周年と星野主宰就任十周年記念旅行が敢行されたばかりである。北陸での句が楽しみである。