2015年7月 のアーカイブ

ににんホームページ

2015年7月25日 土曜日

ににんホームページのトップ画面をほんの少しだが手直しして貰った。もともとあった絵は創刊号に使用したもの。その絵に加えて創刊二年目の絵を加えてランダムに入れ替わるようにしてくれた。

断然おしゃれになった。どちらもとっても気に入っている絵である。 創刊号の絵は何回も説明したことがあるので省くが、二年目の絵は俳句教室の生徒さんの娘さんが描いたもの。既にいろんな経歴を持つプロの画家の絵を提供して頂いたのである。 何故、街という限定にしたかと言えば、色紙にモノクロ印刷をすることで華やかさが出るからだった。

その上に街という空間を切り取ることで、表紙に奥行きが生まれるのが嬉しかった。 ホームページはずっと同じ絵だったので変えようかな、と二年目の絵を見せたら、現在のような画面になった。さすがプロのwebデザイナー。デザイナーは、ににんの表2に「英語で読む奥の細道」を連載している木佐梨乃さんだが、どちらにも才能のある人だ。

鷺草

2015年7月24日 金曜日

KC4D0054   最近のPCのデスクトップ画面をこの鷺草に更新した。小さな一鉢の鷺草だが、画面いっぱいに花を広げると、まさに鷺の乱舞そのもの。

等々力あたりを 吟行しているときに民家の玄関先に置かれていた一鉢をカメラに収めさせて貰ったのだが、改めてその花の見事さを認識させてもらった。

安保法案衆議院可決

2015年7月15日 水曜日

安保法案の中身については、脇に置いといても、あの泥沼化した議決の方法は本当に採決したとは言えない。暴力としか言えない採決である。

12日に熊谷の文化センターで講演をした金子兜太氏は「自分は95歳、今の自分に残されているのは、戦争体験を語ることだと思っている、と発言した。現在の政治家で戦争を知っているものは皆無だ」とも言った。

どうか、再び戦火の東京なんてことのないように。そうして、家族が戦場に行かなけれならないなんていう事態が起きないように、とただそれだけを祈っている。

岩淵喜代子著『二冊の「鹿火屋」』 原石鼎の憧憬

2015年7月11日 土曜日

2015年5月号「かびれ」 透徹なる詩魂

筆者・岡久子

岩淵喜代子著『二冊の「鹿火屋」』 原石鼎の憧憬(邑書林2014年10月発行)

昭和一六、 一七年に原石鼎だけのために発行された二冊 の「鹿火屋」が存在しており、その二冊が作者の手に入っ たことで、前著『頂上の石鼎』では触れなかった、石鼎の 生涯の不明な時代の真実に迫ろうとする、作者の気迫が伝 わってくる。 一般配布の「鹿火屋」との違いを比較o検証する中で、石鼎に内在する神の世界、関東大震災以来の極度の恐怖症から発する精神の病、戦争直前の言論への圧力などが浮き彫りにされ、大変興味深い。同書は平成二六年度の第二九回俳人協会評論賞受賞。 昭和一一年生まれつ昭和五一年「鹿火屋」入会。のち「貂」創刊同人。平成一二年同人誌「ににん」創刊代表。

七夕

2015年7月7日 火曜日

総合誌の「俳句四季」の授賞式は毎年七夕の日、7月7日である。この会の第一回目は平成13年、と貰ったプログラムに書いてあった。14年も経っていたのだ。句集『螢袋に灯をともす』で第一回目の「俳句四季大賞」を戴いたものにとっては、随分月日が過ぎたんだな、という感慨が湧く。

年間の句集から「俳句四季大賞」が選ばれ、応募の句から「全国大会大賞」が選ばれる。今年の「俳句四季大賞」は渡辺誠一郎氏の『地祇』が選ばれた。全国俳句大会の大賞は安居雅寿氏。

会場で隣にいた女性が毎年雑誌の最終選には残っているのだが、受賞したことが無いと言った。若い方だったので、毎年応募する行程を踏むだけでも、知らないうちに俳句力として蓄積していくものだから無駄ではないと言ったら、なんとなく納得してくれたようである。
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探梅のしばらく刃物屋にゐたる    岩淵喜代子

2015年7月6日 月曜日

『火星』 2015年7月号  俳壇月評  筆者 涼野海音

探梅の途中の刃物屋だろう。「しばらく」という言葉が、探梅の時間と刃物屋にいる時間の両方を思わせる。『俳句』四月号「永き日」より

 

『青垣』  2015年7月号 俳句の秀峰  筆者 代田幸子

折角の梅を見に来たのに寒かったのあろうか?何か買うともなく時間を潰してしまった。俳味があり、刃物屋の措辞によりちょっとした屈折感が生まれてユニーク。俳人好みの句を自在に作れる氏の力量を思う。

『暁』 2015年7月号より

2015年7月5日 日曜日

受贈俳誌を読む ㊻   筆者・桑田和子

「ににん」(平成二十七年春号)
平成十二年十月、埼玉県朝霞市にて岩淵喜代子により創刊。代表。「同人誌の気概」ということを追及していきたい。通巻五十八号。季刊。
「ににん集・時計」より

春塵を払ひ目覚まし時計捲く 岩淵喜代子
鳥雲に入る裸木のうらおもて
梟が柱時計になつてゐる  川村 研治
亀鳴くやピンクの砂の砂時計 新木孝介
寒すずめ時計回りに啄みぬ 尾崎淳子
花疲れして腕時計外しけり 武井伸子
鳥渡る水の涸れたる水時計 牧野洋子
山眠る庫裏に正午の時計鳴る 宮本郁江

『二冊の鹿火屋=原石鼎の憧憬』岩淵喜代子著。第二十九回俳人協会評論賞受賞記念特集が組まれ、田吉 明・坂口昌弘・筑紫磐井氏等の書評がある。
松朽ち葉かからぬ五百木なかりけり  原 石鼎
神霊こもるここのこの間に風炉の名残
頂上や殊に野菊の吹かれ居リ

岩淵喜代子の評論集『二冊の「鹿火屋」』は原石鼎にとっての神の問題を評論の主たるテーマとしており、論じるのは難しい。岩淵氏には既に『評伝 頂上の石鼎』がある。
筑紫磐井氏は『頂上の石鼎』はオーソドックスな評伝、『二冊の「鹿火屋」』は石鼎の深層心理を追及しようとする探究書であると述べている。その意味では全く異なる視点を持つものだ。

他に、主宰の「ににんの反芻」、浜田はるみ氏の「十七音の字宙」、高橋寛治氏の「定型詩の不思議」、田中庸介氏の「わたしの茂吉ノート」、正津勉氏の「前田普羅」、木佐梨乃氏の英語版「奥の細道を読む」等、健筆を揮う。

『水明』 2015年7月号

2015年7月4日 土曜日

俳誌望見    筆者・ 池田雅夫

『ににん』春号   通巻58号より

「ににん」は季刊誌である。すなわち春夏秋冬の、年四回発行される。本号・春号は冬から晩春へと移り変わる様が詠まれていて、新鮮な感覚で拝読した。

岩淵喜代子代表が『二冊の「鹿火屋」――原石鼎の憧憬』で、第二九回俳人協会評論賞を受賞された。その書評を三人の方が寄稿している。二冊の「鹿火屋」とは、一般会員に頒布された結社誌「鹿火屋」とは別に、主宰の原石鼎用に編集された昭和十六年十月号と十七年一月号の「鹿火屋」のことである。

石鼎用の「鹿火屋」には、一般会員用に無い句や散文詩などが載せられているという。筑紫磐井氏は、「狂気の論理化」と評し、「石鼎の聞いた神の声を再現しようとしている」と述べ、石鼎の深層心理を追求しようとする探求書であるといっている。これらの書評を読むだけでは全く理解できない。岩淵氏の受賞作品を拝読しなければならない。

さて、「ににん集」(三十八人)の作品を拝読する。今号の兼題は「時計」である.感銘句を五句紹介する。

懐中時計ちらりと見ては懐手     及川 希子
霧笛とは巨大海鼠の腹時計      岡本 恵子
腹時計海鼠クルツと反転す      高橋 寛治
秒針に息合はせ子を待つ夜長     阿部 暁子
春塵を払ひ目覚まし時計捲く     岩淵喜代子

時計草や時計回りなどの言葉の上での時計もあり、発想のおもしろさ、着眼点の多さの認識を新たにした。
「さざん集」(四十二人)の中から感銘句を五句紹介する。

丹沢の一枝をゆらす眼白かな     木津 直人
器量悪き柚子選ばれて冬至の湯    黒田 靖子
雪解の音ちりちりと野に満ちて    武井 伸子
寒梅やふつと溜息したやうな     牧野 洋子
消炭のあつさり燃える夕べかな    山下 添子

多くの作品を拝読することで、知らなかったことや表現の重要性など、たくさんのことを教えていただいた。

正津勉氏が、山岳俳人として知られている前田普羅について述べている。普羅は、大正十三年五月、四十歳のときに、某新聞社富山支局長として赴任した。立山・飛騨に句材を探る山狂いといわれた普羅の山の句と同時に、じつは海の句も素晴らしいと記している。句集「能登蒼し」を繙き、富山赴任に際し、トンネルだらけの中に一瞬見えた親不知の海を初めて目にした。夕暮れの海の蒼さに驚嘆の声をあげたのだと言い、「能登蒼し」と強く心に残ったと断定している。

象徴的な一句を紹介しよう。

春の海や暮れなんとする深緑     前田 普羅

北陸は、裏日本と言われていて、その存在すら認識されていなかった。奇しくも今年、北陸新幹線が金沢まで延伸開業された。五月末に、その北陸新幹線を利用して、水明創刊八十周年と星野主宰就任十周年記念旅行が敢行されたばかりである。北陸での句が楽しみである。

ににん59号発送完了

2015年7月2日 木曜日

月末に発送できるように「ににん」は届いていたのだが、届いた翌日から家を留守にしてしまったので、発送が遅れてしまった。それでも、特約ゆうメールという制度で、郵送料はクロネコメール便と変わらない料金だったのでほっとしている。

この特約ユーメルはヤマト運輸が急にメール便を中止したことで、急遽企画されたもののようだ。近くの小さな郵便局に問い合わせても通じないので、本局に連絡を入れてようやく特約の許可が下りた。「ににん」は4日ごろには行き渡るのではないかと思う。

号泣のごとくソフトクリーム崩れ   中嶋陽子

2015年7月1日 水曜日

大きなソフトクリームだったかのようにも思える。ソフトクリームの崩れてしまうのは悲惨である。その状態を号泣のごとく、という措辞によって、その存在感が確かになった。他に以下のような句に惹かれた。

花野来て大聖堂の扉かな
数へ日川の真中に日のあたり
子がひだり右見てひだり鳥雲に
日盛りに据ゑたる牛の体重計
子に話すやうに白菜洗ひけり

中嶋陽子句集『一本道』 2015年 ふらんす堂
栞・南うみを

岩淵喜代子記

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