2015年5月 のアーカイブ

千秋楽

2015年5月26日 火曜日

娘に歌舞伎の予約を任せておいたら、今月は明治座のチケットだった。どうしてー、と思ったが、水芸が入るからだという。そういう季節になったのだと、意外なところで、夏を実感した。

千秋楽がいいな、ということで、それだけは私の希望が叶って26日の夜の部に行ってきた。それで、水芸はどこで、と思ったが演目通し狂言「鯉つかみ」の最後の最後、 主人公片岡愛之助と大鯉が現れて、琵琶湖を背景にした舞台の真中で格闘するのだ。そういえば場内係りが前の席の人にビニールを配っていたなーと思った。

初めに「あんまと泥棒」、これは猿之助と中車の二人で終始する演目で、ひとえに芸の張り切りどころかも知れない。面白かった。だが、もうひとつの演目『鯉つかみ」はひとりひとりの役どころを生かした所作は上手かった。だが、狂言と言ってしまえばそれまでだが、なんとなく物語はどたばたし過ぎ。

さー、明日から「ににん」59号の編集も終盤に入る。

束解いて魞挿す竹となりにけり   岩淵喜代子

2015年5月20日 水曜日

「俳句」四月号より

魞は、湖や沼等の岸辺から葭簀を魚道に立てて、魚を自然に魞壺に誘導して捕える定置漁法である。琵琶湖が有名で、印旛沼や霞ヶ浦にもある。二月上旬から三月中旬頃、魞簀を挿す。掲句は、単なる竹の束が、魞簀の竹になった時の景の拡がりが想像出来て面白い。

「馬酔木」6月号「現代の秀句より」筆者・根岸善雄

一つづつ鬼の顔めく修二会の火   岩淵喜代子

2015年5月19日 火曜日

『俳句四季』四月号(花辛夷)より

東大寺二月堂で営まれる修二会は約一ヶ月を費やす一大悔過会です。火の行と言われるだけあって修二会には大小いろいろの松明が燃やされ、中でも籠松明は特大です。

一日から十三日まで毎夜十本(十二日は十一本)の籠松明を連行衆が担いで石段を登り、舞台廊の欄干から突き出して振り回します。火の玉となっている籠松明は轟々と音をたてて燃えさかり、渦巻く火の塊は人間の穢れを焼き、煩悩を吹き払い、自らの業も焼き尽くすかに燃えに燃え、その形相はまるで鬼そのものです。

十本あるいは十一本と鬼の顔をした火の玉が次々現れては間に消えていく。修二会が終われば関西に春がやってきます。

筆者・下田育子 (「諷詠」5月号  現代俳句私評)

酢漿草(かたばみ)

2015年5月17日 日曜日

いま目の前に群がっているのは、さっき出合った植物と全く同じ葉、同じ花なのにすべてがミニチュア化されていた。土壌の条件次第で大きくも小さくもなるのだろう。なんていう草だったかなーと思ったが、名前が出てこなかった。こんなことはこのごろ珍しくない。

地上に張りつくように群がっているその草へ、赤子を覗き込むように屈みこんだ。踏み固められた道の隙間に群がる草はちいさいながらも、三辨の葉を浮かせて、黄色い花も付けて、すべてが完結していた。それがいかにも健気さを感じさせた。

群がっているとは言っても、ごくごく小さな植物の群生は気に留めるほどの存在感もない。苔だってこのくらいの群がり方をするだろう。青黒くかたまりあった島状の形が、いつだったか目にした河辺の風景を思い出させた。

以前、そのことだけをこのブログに書いたことがあるが、川面の直径五、六十センチの黒っぽいかたまりが気になった。かたまりそのものは一か所に動かないでいたが、その表面は絶えずもやもやと蠢いていた。藻が寄り集まって川の流れに揺れているというよりは、もっと意識的な動きに思えたので、つと足元の小石を、そのかたまり目がけて投げてみた。

青黒いかたまりは、形のまま少し移動して何事もなかったごとく、移動した位置で揺れていた。移動の瞬間、数匹の小魚がそのかたまりに急いで紛れ込むのを目にした。やはり魚の群だったのだ。きっと、群れの動きに遅れをとった数匹の魚は、今頃仲間に叱られているのではないかと想うと、なんだか可笑しかった。

その魚の群が、最近観た映画『パプーシャの黒い瞳』と重なった。ポーランドを旅するジプシー一族の話だ。あの映画は理解できなかった。理解できないという前に、ジプシーの生活が理不尽な環境に思えた。それなのに、映画の中のジプシーたちは定住を拒み社会との同化を拒んでいた。重なり合っている魚群は、さながら黒目川のジプシーみたいだ。多分あの形態を維持することが大きい魚や鳥から身を守ることなのだろう。

改めて、名前の思い出せない植物に意識を戻してみたが、思い出そうとすればするほど、いつも簡単に出てきていた草の名前が、頑なに呼ばれることを拒んでいるみたいに、遠くなってしまう。

このまま一つずつ言葉を失くしてしまうような気もした。そのためになおさら思い出すことに執着してしまうのである。別に、その名前を知らなくても一向に支障はないのである。もともと、ふと足元にあった雑草に意識を寄せただけのことなのだから。

名前の思い出せない植物によく似ているのがクロバーだが、クローバーほどには逞しくない。白詰草とも呼ばれるクローバーの、三枚の葉が一枚多ければ四葉のクローバーとして珍重がられる。その花は子供が摘んで首飾りにしたりする。

野の草花でも、花壇の花と同格になるような薊や野菊なら知名度を持っている。だが、この小さな雑草の名を見知っている人は案外少ないかもしれない。だからといって、決して珍しい草ではない。石段の端の凡そ草など生えそうにもない場所にも噴きだすように生えていたりしている。

現に今歩いてゆく土手の足元にも次々現れる。大方の植物は季節の移り変わりとともに、茎を延ばしたり花を掲げたりしたりして、それなりに人の注目を集める。だが、名前を思い出さないその植物は、花が咲いても咲かなくても一年中同じ表情をしているように思える地味な植物だ。そんな草にも名前があったのだと思うほどだ。

しかし、その地味な植物の花の名前を、あえて結社誌に付けた俳人がいる。きっと、野の目立たない小さな花のようにこつこつ地道な活動をしていこうよ、という願いを込めたのかもしれない。そのとき、突然「かたばみ」という言葉が蘇った。そうだ、その植物は「かたばみ」と呼ぶのだった。俳句誌の名前も「かたばみ」と言うひらがな表記だった。

楊梅(やまもも)の実

2015年5月15日 金曜日

出かける前から楊梅の実が気になった。たしか暑い時期にその実は成っているはずなのである。今日は桶川のさいたま文学館で、今年度の文芸賞の選考委員の第1回目の会議がある。その文学館の最寄り駅の桶川駅近くに楊梅の木がある。

文学館へは、何故か一時間くらい、と思ってしまうのは同じ埼玉県内という気安さからだ。ところが、実際には家から文学館の会場までは、一時間をはるかに超える時間がかかる。家を出るときには、向こうへ着いてから、文学館脇にある茶房でお茶してから、文芸賞選考委員の会議場に臨むつもりでいたのだが、その余裕はなさそうだった。

慌てればお茶ぐらいは飲めそうだったが、やはり気が急くので、会場に直行した。まだ予定の時間には15分くらいあった。でもでも、なんともうほとんどの顔ぶれが揃っていた。みんな律儀な先生方だなーと感心してしまった。やはり、選考委員という役目をおろそかにはできないという気持ちの表れが、時間内に会議の席に着くということなのだろう。

出かける前から楊梅のことばかり気にしているのは、不届きものかもしれない。帰りは連れもなかったので、気兼ねなく楊梅の木に立ち寄れた。いつだったか、島根県の古事記の黄泉平坂の場所とされている所を訪れたとき、その前に楊梅の木が植えられていた。黄泉の国から逃げ帰るイザナギが鬼たちに投げた桃ってこれのことなの、と意外に思ったりもした。

それでも楊梅の実の色は、確かに黄泉の国にふさわしい色かもしれないが、こんなに小さくてはいくら投げても効果がないような気もした。まー、それはおとぎ話みたいなもの。神さまが手にとればたちまち巨大な実になるのだろう。誰に気兼ねもなく立ち寄った楊梅の木だったが、実が一つもついていない。落ち尽したというより全く実の気配もない。これから実が出来始めるにしても、その気配ぐらいはあってもいいのだが。

平林寺

2015年5月8日 金曜日

我家から一番手近な吟行地である平林寺。気がついたら今年は一回も行っていなかった。本当は、平林寺の後の雑木林の芽吹いたばかりの頃に行きたかったのだが、うかうかと月日をやり過ごしてしまって、気がついたら夏になっていた。

夏になると、鬱蒼とする雑木林は蚊も多いし、毛虫も墜ちて来そうで、とても、裏まで回れなくなる。山門をくぐって、仏殿に突き当たる。その脇を回って仏殿の後ろの中門を潜って本堂へ行き着いた。

そこにたどりつくまで、ずっと小銭入れを探していた。入り口で貰ったお釣りを入れたところまで覚えている。そのあと賽銭のために小銭入れに意識を寄せたのは、山門を潜るあたりからだから5分と経っていないのである。結局、参詣するときにも小銭入れは見つからなかった。きっと受付当りに落としたのだろう。

それから、半僧坊や鐘楼や庫裡の辺りをうろうろしたが、後ろの野火止塚や業平塚まで行く勇気がなかった。本堂への石疊を人の気配察した蜥蜴が2,3匹走り去っていったからだ。庫裡へ回る途中でも木立から垂れている青虫が空中でもやもやと動いているのにも出会った。

受付の人は、私が小銭入れから払おうとして、足りなくて改めて千円札でお釣りを受け取ったのを覚えていたが、届けられてはいないという。私の後に入ったのは4,5人なんだけどーと思った。

でもでも、何だか天狗が盗んだのではないかと思った。なぜって全く落した感覚がないのだ。何だか貯めこんでしまった5円玉1円玉が嵩張っていて、落としたら音がしそうな存在感を持ったがま口なのだ。

「あったらお知らせしましょうか」と言ってくれたが、もしかしたら、どこかまだ探していないポケットに隠れてゐそうな気がして、「いいです」と言ってしまった。

『関西俳句なう』  2015年 本阿弥書店

2015年5月6日 水曜日

若手俳人26人の作品集、それも関西のメンバーと受けとめたが、さらに俳誌「船団」関西若手という括りになるのだろう。

ひっかかるのはこの本の帯文である。
ーー東京がなんぼのもんじゃーー
タイトルだけなら、関西のグループのアンソロジーとあっさりうけとめたのだが、この帯文でもう一つの意識をもって発刊しているようだ。

風鈴の中に金魚が二、三匹 加納綾子
神々が跳び箱を待つ立夏かな 黒岩徳将
漢和辞典ぴりぴりめくって行って、雪 二木千里
夕焼を回す遊具にしがみつく 三木基史
象+象それがおそらく晩夏である 山本たくや
吸って吐くほどのことさるとりの花咲く 手嶋まりや
君の手のブリキノのじょうろ初夏だった 山本晧平
こんこんと子を眠らせて雛の間 山澤香奈
150年前の振子や梅開く 藤田亜未
薔薇園の入口濡れてゐたりけり 涼野海音
迂回して残暑の海へバスが着く 久留島元
赤子やら冬瓜やらを抱き上げる 岡田一実
午後七時ゆみちゃんという守宮いて 舩井春奈
地図帳に白粉花を挟みけり 伊藤蕃果
卒業は信号待ちの多い日で 藤田俊
背の高さ耳のかたさを思う時 乘富あずさ
指先の蜘蛛の子にくすぐられている 河野祐子
たましひの器を月に曝しけり 羽田大祐
新入りのちいさないびき冬銀河 中谷仁美
炎帝へ口笛捧げやまぬ民 森川大和
さくらんぼ手とかつないでみませんか 工藤 惠
葉が揺れて葉影が揺れて風光る 杉田菜穂
春愁は蛍光灯の紐の下 塩見恵介
制服を濡らして虹の現れる 若狭昭宏
ペンギンに愁思わたくしは引越 朝倉晴美
いつだつてまひまひであるこれからも 新家月子

 

 

なめくぢの身の内灯る月夜かな    村上鞆彦

2015年5月5日 火曜日

掲出句はなめくぢの色を見つめることで、その本意を差し出している。なめくぢの色に目をとめ、その色の殊になめくじらしい一瞬をとらえたのが、この一句である。天空にある月、そうして地上にあるなめくぢ、それだけの構図が灯るの一語で結び付けられて魅力的。

あをぞらをしづかにながす冬木かな
牛ねむり馬のねむりに氷柱育つ
花の上に押し寄せてゐる夜空かな
水尾の端遅日の岸に届きけり
古書買うてわづかな雪を帰りけり
給料日桜に街の灯が映り
たんぽぽの絮をこはさず雨のふる

村上鞆彦第一句集『遅日の岸』  2015年  ふらんす堂  岩淵喜代子記

霜柱踏めば輝く近江かな   岩淵喜代子

2015年5月1日 金曜日

筆者 引間智亮  (「鷹」2015年5月号より転載)

これも地名と水が成功している。近江というのは琵琶湖と近江の地、両方を指す。
霜柱を踏むという朝の日常の行為から湖の輝きに気づく。 同時に霜柱が辺りに散らばるこの近江の地も輝きに満ち ていることを発見する。寒い朝の少し心があたたまる光景だ。(ににん57号ににん集より)

人はみな闇の底方にお水取    岩淵喜代子

2015年5月1日 金曜日

筆者 蟇目良雨   (「春耕」2015年5月号より転載)

奈良東大寺二月堂の 縁下に集まっ て人々はお水取りの 行事 の 始まりを待つ 。二月堂内では練行僧による修二会が行われ、 夜八時ころの 初夜を過ぎると堂縁を大松明が走る。堂の下に 集まっ ている人々は降りかかる火の 粉に歓喜する。お松明が 無くなればまた真の 間に取り残される。みな闇の底方に居てお水取りを見守る。(「 俳句四季」2015年4月号花辛夷16句より)

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