一つづつ鬼の顔めく修二会の火   岩淵喜代子

『俳句四季』四月号(花辛夷)より

東大寺二月堂で営まれる修二会は約一ヶ月を費やす一大悔過会です。火の行と言われるだけあって修二会には大小いろいろの松明が燃やされ、中でも籠松明は特大です。

一日から十三日まで毎夜十本(十二日は十一本)の籠松明を連行衆が担いで石段を登り、舞台廊の欄干から突き出して振り回します。火の玉となっている籠松明は轟々と音をたてて燃えさかり、渦巻く火の塊は人間の穢れを焼き、煩悩を吹き払い、自らの業も焼き尽くすかに燃えに燃え、その形相はまるで鬼そのものです。

十本あるいは十一本と鬼の顔をした火の玉が次々現れては間に消えていく。修二会が終われば関西に春がやってきます。

筆者・下田育子 (「諷詠」5月号  現代俳句私評)

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