2011年6月 のアーカイブ

ににん43号発送

2011年6月28日 火曜日

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 「ににん」43号を発送した。今回は被災地域の住所も受け付けてくれたので、少し情況が好転したのだな、と感じた。震災特集などはしないが、おのずから震災に触れる記事はある。まず表紙裏にある「英語版で読む奥の細道」は松島の震災に触れ、清水哲男さんのエッセイは「震災詩歌」。それに新連載として表3のページに「復興の記録」が始まる。実際にボランテイアとして仙台などでお手伝いをしている四宮さん自身の記録である。

どちらにしても、我ながら感心しているのは、毎号滞りなく発刊できる不思議さである。たった43号であるが10年がすでに過ぎているのである。いつも滞りなく仕事を仕上げてくれる印刷屋さんにも感謝している。この会社の担当者は初めから同じである。それも安心できる事柄なのである。

「ににん」企画も今年度までは今までの延長であるが、来年から「火と灯」に限った俳句で「ににん」集を埋めることにして、またネットの投句欄を再開することにした。そのための準備をしている最中である。それにともなって「物語を詠む」も火あるいは灯がテーマになっているものに限ることにした。

小説で火あるいは灯のテーマ、と思うと面喰いそうだが、そうしたものがテーマになっている小説を探すグループも決まった。火や灯を何処まで拡大視するかが問題である。例えば『火垂るの墓』野坂昭如・『TOMORROW 明日』井上光晴・「ロンリー・ウーマン」高橋たか子・『父と暮せば』井上ひさし・『黒い雨』井伏鱒二・『風の盆恋歌』高橋治・『戦争と平和』トルストイなど、案外あるものである。

奥坂まや第三句集『妣の国』2011年6月 ふらんす堂

2011年6月24日 金曜日

跋 高橋睦郎
『妣の国』は『列柱』『縄文』につづく第三句集。そのタイトルからも重い句集という印象を抱いていたが、それともちょっと違う象徴詩的である。たぶんそれは、ピンポイント的な描写方法にあるのだろう。

  五月雨や老人の列前進す
  炎天に歯車が犇いてゐる
  ゆうがほはいつもまちくたびれてゐる
  秋澄むや老人象をみつめをり
  桃のあるのは人生のちよつと外
  冬芝に金の日射せば子が消ゆる

『虚子に学ぶ俳句365日』2011年 草思社

2011年6月24日 金曜日

 こういう本が出るたびに虚子という先人の大きさを知ることになる。この一書は相子智恵・生駒大祐・上田信次・神野紗希・関悦史・高柳克弘の各氏が分担しながら、虚子の俳句の365日を鑑賞している。ですます調に統一したことで、つぎからつぎへと読み移っていくときの躓きもない。

虚子の俳句の多さは群を抜いている。そうしていつの間にかかなりな数が蓄積されている筈だったが、「こんな句もあった」と認識する面白さもあって宝探しのようである。

  美しき蜘蛛居る薔薇を剪りにけり
  バスの棚の夏帽のよく落ちること
  競べ馬一騎遊びてはじまらず

山口昭男句集『讀本』2011年 ふらんす堂

2011年6月24日 金曜日

田中裕明に学んで、現在「静かな場所」同人・「秋草」主宰
田中裕明の生前の鑑賞を栞に帯に掲げている。その師系を知ると、なお田中裕明の匂いを濃く感じるやわらかな、詠みぶりである。

  葱坊主あたりがらんとしてゐたり
  葛の花ときに赤子の匂ひする
  ヨットの帆ゆれて武者人形飾る
  もの言はぬことが仲よし豆の花
  夕立の人それぞれに鞄持ち

葱坊主のあたりががらんとしていること、葛の花に赤子の匂いがあること、ヨットの帆がゆれて武者人形を飾ったとなど、いずれもが、作者の独断的な感覚でしかないのに即座に共感させられてしまう。それが、どこからくるのか。一篇が最後まで魅力的である。

水上孤城第二句集『水の歌』 2011年2月  本阿弥書店

2011年6月24日 金曜日

跋文 正木ゆう子

24年間の作品群からの346句の作品集。「寒雷」「雲母」誌上で水上氏のお名前は目にしていたのは、殊にその風格ある俳号のせいもある。手堅い俳道を積み重ねてきている作品群である。

  山しづかなり空蝉の貌の泥
  夕日から父があけびを提げてくる
  船酔ひのごと紫陽花の家を辞す
  ぱつちりと白梟に日向あり
  人のゐるところに鳴つて春の水
  木瓜咲きぬひとり暮らしの弟に

日曜日

2011年6月13日 月曜日

昨日は3月の震災で延び延びになっていた正津勉さん編集の「やま・かは・うみ」の創刊のお祝いライブ。明大前のキッド・アイラック・アート・ホールには座りにくい小さな椅子がびっしり置かれていた。本当はそこのホールで今日の15時から上映される『初国知所天皇』にも行きたかったのだが、なにせ、やりかけの仕事が二つほどあって、落ち着いて映画を見る気分ではなかったので、7月3日の再上映を待つことにした。

  CA3H0009                                 その仕事の一つのために図書館に行った。欅並木の鬱蒼と言うにふさわしい茂り。その道沿いの金網の向こうも雑木林で、これも涼やかな緑を茂らせていた。このあたりに庁舎や図書館やら税務所、市民ホール、野球場などなどの公共の建物が集まっているのは、大正時代からのゴルフ場があった場のせいである。そのあと、米軍キャンプとして接収され、返還されたという経緯があるのだ。おかげで今は緑地帯だ。

図書館の隣にある市民ホールに付設されているプラネタリューウムが日曜日だけ開館される。図書館の帰りに丁度いい時間だったので覗くことにした。立派な施設なのに10人くらいしか入っていなかった。今回は夏の星座、。ベガ座がおり姫星で、わし座がひこ星であることも知った。案内の栞をみると6月16日の明け方に皆既月食で、7月下旬からヤギ座・ペルセウス座流星群が見られるらしい。

不信任案

2011年6月8日 水曜日

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何日か前の毎日新聞の社説のみだしは「やはり大義は見えない」だった。今回の不信任案についてである。そうした人たちが「見えない」というのだから、庶民にはもっと見えないだろう。この社説の中に「なぜ首相ではだめなのか。誰なら出来るのか」という説も希薄とも書いてあった。私もその意見に賛成である。国民不在の国会である。

何回も反対派が繰り返していたのが、初動の不手際だったが、それだって修正すれば済むことではないだろうか。初めて出会う原発事故なのである。東電にマニアルは無かったのだろうか。そんなことより先にやらなければならないことがある。不信任案が否決されてもまだ続く総理引き下ろしの国会答弁。誰かこの喚き散らす人達を納得させるような説得力を持つ発言が出ないものだろうか。明確な論理で討論すべきである。論理的に答弁できない議員が力任せにただただ大声で怒鳴っているだけである。とにかく怒鳴らないで討論してもらいたい。本当に無知に見える。

「ににん」の43号をようやく印刷所に入稿したので、久々の身辺整理。やっとパソコンだけになった机上は気持ちがいい。とは言っても、後ろの壁側は公開できない。身近においてある本は石鼎関係のみである。あまりきれいに並ばないのだ。コピーの類、写真の類と、過去の「鹿火屋」などなど整理してもきれいに見えない本ばかりが天井まで続く。地震が来たら一番危ない場所にいるのである。

ここは二階なので、重い書籍を置くのはどうかと思って読んだ本は階下に移動させている。それも増えすぎて数日前にブックオフの人に取りに来て貰って、一つの本棚が空いたところ。本当は横に置いてあるデスクトップ型のパソコンも廃棄したいところなのだが、どうしても新しいパソコンに入れたハガキソフトが使いにくい。その上に、新しいパソコンは上手くスキャンもしてくれない。仕方がないので置いておくのだが、これが壊れたときにはどうするのだろうか。

ににん43号校了

2011年6月7日 火曜日

「ににん」句会のあとを校正時間に切り替えて校了。そのあと早目の夕食となったが、食べ終わっても外は明るかった。帰宅後すぐに忘れないうちに原稿修正をして印刷所にデ^ターを入稿してしまった。データーは今頃は誰もいないガラントとした印刷所のパソコンにひっそり滑り込んだことだろう。なんとなく肩が軽くなった。明日は午後のカルチャー教室があるが、まーいくら遅いといっても10時ごろまでには目が覚めるだろう。

このブログも見渡してみると、いろいろな機能を備えているみたいで、ワードを張り付けることも、音声も動画もどうにかすれば出るようであるが、凝るのはやめよう。

オタク族

2011年6月5日 日曜日

このごろ書くことに興が乗っていて、パソコンの前にいるのが一番楽しい。こういうのもオタク族というのだろうか。今は石鼎の「あこがれ」を追っているが、「鹿火屋」を読むことが先へ先へと進める材料になっている。あまり籠っていてもと思い、昨日は岩波ホールに出かけた。50分前くらいに到着したのだが、チケット売り切れの看板が出ていた。「木もれびの家」は人気なのだ。

明日のなら買えるのか聞いている人がいたが、もう前売りは全部売り切れで、朝早くこなければ当日分もすぐ売れてしまうという。そのあと武蔵野館で上映されるらしい。仕方がない武蔵野館に来るのを待つことにして、江戸博物館の「五百羅漢図」へ廻った。羅漢は正式には阿羅漢と言うらしい。広辞苑では阿羅漢で引かないと意味が表示されない。仏教の修行の最高位を得た人である。

増上寺の秘宝で、今回が初の公開だという。狩野一信は外国でいうお抱え絵師である。100幅の羅漢図は10年の歳月をかけて寺に納められた。一信の宗教観なのか当時の宗教観なのか動物も人間の転生の姿なのである。安政の大地震にも出会っているらしく、百幅の図はさまざまな物語を発揮していた。芥川龍之介の「蜘蛛の糸」のような構図もあった。

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