俳誌展望 ――ににん―― 筆者井口あやこ
◎『ににん』(二〇一二年、冬号)
平成十二年十月、朝霞市にて岩淵喜代子氏が創刊代表。方針に、「『ににん』は同人誌である。それは、自分の発揮したいものを思いっきり発揮することが可能な場でもあるのだ。
そこが結社誌と違うのである。」とある。今号は四十五号。表記は歴史的仮名遣い。季刊。
先ずは、二〇〇〇年秋号の岩淵喜代子代表の「創刊にあたって」の文章を紹介しておく。
「俳句の俳とは、非日常です。/日常の中で、もうひとつの日常をつくることです。/俳句を諧謔とか滑稽など狭く解釈しないで、写実だとか切れ字だとか細かいことに終わらないで、もっと俳句の醸し出す香りを楽しんでいきたいとおもいます。/そして、『ににん』は誌上サロンです。そのサロンには美人の母娘がいると思ってください。サロンに立ち寄ればおいしい珈琲がいつも用意されていると思ってください。そして、珈琲を飲みながら俳句の深いところで語り合えることを願っています。」とある。
代表の喜代子氏は、昭和十一年、東京生まれ。昭和五十一年『鹿火屋』入会。原裕氏に師事。昭和五十六年『貂』創刊より八年在籍。川崎展宏氏に師事。著書は、句集に『朝の椅子』(昭和六〇)、『蛍袋に灯をともす』(平成十二)、『硝子の仲間』(平成十六)、『嘘のやう影のやう』(平成二十)他、俳詩集に『淡彩望』(平成十二)、連句集『鼎』、評伝『頂上の石鼎』等、多数。
俳句文学館にて、句集と俳詩集『淡彩望』を読ませていただいた。『淡彩望』は俳句の延長線上にある文章を集めたエッセイ集で、静かな語り口の中に、日々の心情を深く書き留められていてとても感動した。
句集より感銘句をひく。
朝の椅子欅の冬を迎へけり(『朝の椅子』)
まんさくは鬼の振りむいてゆきし花(〃)
月山の木の葉かぞへて寝ねむとす(〃)
人影を得ては濃くなる蛇苺(『蛍袋に灯をともす』)
逢ひたいくて蛍袋に灯をともす(〃)
座りても立ちても秋の水平線(〃)
空蝉を硝子の仲間に加へけり(『硝子の仲間』)
青空のひらと舞ひ込む雛祭(〃)
暖炉からみんなI緒にゐなくなる(〃)
嘘のやう影のやうなる黒揚羽(『嘘のやう影のやう』)
草餅をたべるひそけさ生まれけり(〃)
椎子の匂ふ方向音痴かな(〃)
湯たんぽを儀式のごとく抱へくる(〃)
それでは、『ににん』冬号を開く。
初めに俳句からご紹介する。
「ににん集」より。(「今号から兼題は、「灯・火」の歳時記とします。」とある。三十五名出向、ひとり五句掲載)
喜代子代表作品「行火」より。
狐火や体重計に乗りながら
火の中に大の渦濃くて神迎
炉にかざすワインの透けて神無月
霜除けの残りの藁を焚きにけり
河東碧梧桐とは行火とは
短日の灯に珈琲の濃きかをり 浜岡 紀子
炭青く炎ゆる一点芭蕉の忌 木津 直人
秋深み甘き火を焚く風呂五右衛門 栗原良子
遠火事や人くろぐろと去りゆける 長嶺千晶
信号に赤灯りたり菊咲月 四宮 暁子
「さざん集」より。(三十二名出句、ひとり五句掲載)
喜代子代表作品「鷹渡る」より。
矢印を担いでゆくや刈田道
足元に波伸びてくる神迎へ
ほとぼりのやうに残りし冬の菊
葦原も枯れてしまへばみな温み
青空の真ん中は濃し鷹渡る
乾びたる鬼灯丸く風を待つ 中村 善枝
鳥籠に留り木二本日脚伸ぶ 宮本 郁江
秋灯を消せば画の中昇る月 尾崎じゅん木
新蕎麦のわんこ重ねて百余杯 木佐 梨乃
雪原に梢の揺らぐしじまあり 兄部 千達
蓮の実の飛んでかめ虫転がれり 武井 伸子
伊丹竹野子氏の「『ロンリー・ウーマン』を詠む」(二十四句出句)より。
年の火のつるりと青き空なりし
『ににん』は読み物が充実している。 大変面白く読んだのが、清水哲男氏の巻頭言「下連雀からの眺め 八-過ぎにし我が家」である。
田中庸介氏の「わたしの茂吉ノート」、正津勉氏の「歩く人・碧梧桐」、長嶺千晶氏の「預言者草田男」と、連載評論が三本もあるのも素晴らしいと思う。各氏、詳細な研究をされて健筆を揮っておられる。田中氏は、茂吉歌集『白き山』から「最上川の増水」の連作を取り上げ、自然詠を残した茂吉の喜びを個性的に説く。正津氏は、碧梧桐二六歳から三三歳までを、子規逝去を絡めながら纏めている。
長嶺氏は、草山男の第一句集『長子』を二〇回にわたり追ってきて、今号では『長子』の持つ意味を記す。俳句における伝統と革新を個性的に論じているのが印象的である。
感心したのが、今号の特集、「原石鼎俳句鑑賞ブログより転載」だ。十四名の方は、石鼎の句を、独白の言葉で確かな鑑賞をされている。中でも、〈風呂の戸にせまりて谷の朧かな〉を取り上げた菊田一平氏は、句に奥行きを与えている「せまりて」は、二次元の世界を三次元の世界に変える3D効果と同じであると、現代的な視点で読んでいる。
栗林浩氏と坂本登氏は、長嶺千晶句集『白い崖』を丁寧に鑑賞している。
他にも、「英語版『奥の細道を読む』」の木佐梨乃氏、「俳句の風景」の浜岡紀子氏、「復興の記録」の四宮暁子氏、ミニエッセイの五十嵐孝子氏、伊丹竹野子氏、川村研治氏、それぞれの方が自由にのびのびと、読む者の心を捉えるような文章を書かれていて、一気に読んでしまった。
前述の「原石鼎俳句鑑賞ブログより転載」が気になり、俳誌から離れるが、「『ににん』のWEBサイト」に寄り道をした。開けてみると、新年に入ってからも「原石鼎」の鑑賞文がどんどん追加されている。他にも代表の「喜代子の折々」など、『ににん』の世界に浸れるものが盛り沢山あり、結構な時間を過ごしてしまった。「創刊にあたって」の喜代子代表の、「『ににん』は誌句サロンです。立ち寄ればおいし珈琲がいつも用意されている」というお言葉が改めて蘇ったのである。
同人誌『ににん』は、二〇一一年冬号を「創刊十周年記念号」として発行され、一月には記念祝賀会を催された。記念号には、自分で選んだ小説の舞台を机上で彷徨しながら作句するという、独創的な「物語を詠む」のアンソロジーを掲載している。また、兼題句の「ににん集」は、十五周年まで「火・灯の季語」を集める企画という。その掲示に「(略)追々、その季語を掲載してゆきますが、各人が季節ごとの火・灯がテーマになっている季語を探したり、その行事を追う旅を試みてはいかがでしょうか。」とあった。十周年を超えて、『ににん』はまた新しい挑戦を始めている。ますます楽しみな俳誌である。
喜代子代表のご健康と『ににん』の更なるご発展をお祈りいたします。