「俳句は型、型以外考えられない」という覚悟を持った作家。それがこの作者の基本となり、背骨でもある。
六道の辻に金魚の売られけり
春の風小さな鍋を使ひけり
ひとの子に手にこぼしやる螢かな
母の死のととのつてゆく雪の夜
夜神楽の闇が詰まつて来たりけり
引鴨をゆすぶつてゐる汀かな
大いなる夜桜に抱かれにゆく
二物衝撃が俳句の短詩形、ことに俳句を面白くする。踏切を越える金魚、海辺を通る金魚売りなど、やはり金魚売りはその背景にによって生かされる。ここでは六道の辻にいる金魚売り。そこで金魚を買い求める人々が只の人ではなくなるのだ。