2013年9月 のアーカイブ

十六夜

2013年9月20日 金曜日

昨日は仲秋の名月、そうして今日は十六夜。名月に限って曇ることが多いのに今年はすでに何日も前から、月がずっと冴えていた。その月見のために、 毎月一度、夜間見学の出来る自由学園明日館に行ってみた。

羽仁吉一、もと子夫妻が創立した自由学園は大正十二年の関東大震災にも持ちこたえた建物。若い人がたくさん訪れていた。ガラス窓のシャープなデザイン、それが部屋の隅々にまで及んでいる。それにも関らずきわめて東洋的な雰囲気で落ち着ける。大きな部屋には暖炉があって焚く日もあるらしい。池袋駅から5,6分の位置にあるのに、周囲が住宅地で月もよく見えた。

建物の中央にあるカフエにはお月見だんごが備えられていた。誰だったろうか。家人からの「ここでも月は見えるのに」、という声を背中にしながら家を出てきた人がいたけど。

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有住洋子創刊第一号「白い部屋」  20132年9月

2013年9月16日 月曜日

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白い部屋には大きな窓があります
空が見えます 日が差し込み 風が吹き抜けます
雲の変幻 月の満ち欠けに影が過ります

部屋には何もありません
一冊の雑誌が置かれているほかは
雑誌はときどき発行されます
雨あがりの朝 月の夜 あるいは雪の降る午後に

以上の言葉は見返しに書かれた創刊のことば。

古地図をたどる草蜉蝣に蹤き      有住洋子
白百合の倒れむとして地に触れず
箱庭を置きて一軒たそがるる

そうして編集後記のページにはーー毎日何かを選択しながら、何かを失っていくかもしれないが、その積み重ねが人の価値観になるーーという覚悟のようなものが書かれている。どこにも創刊というようなことばはない。まことに淡々としかも怜悧な空気を感じさせる個人誌である。

長嶺千晶句集『雁の雫』   2013年   文学の森

2013年9月16日 月曜日

昼さがり遠くの水へ落椿
竹秋のまばゆさをふと疎みけり
島影に島影重ね青簾
振り上げし鋏下ろせず蟹と蟹
竹咲くや平家納経銀乾く
眺めやる青田に誰も居らずなり
水音の落ちゆく先へ蛍かな
ごちやごちやと鴨や家鴨や橋の下
緑陰に憩へば旅にあるごとし
人日や老いゆくことを知恵はじめ
揺らぎつつ列を保てり雁の群

まことに端正な作品集である。作品が人格を、あるいは作品が人生を重ねるということなのか。いずれにしても間違いなく作者の視点を書き表したものなのだろう。

岸本尚毅著『高濱虚子の百句』 2013年  ふらんす堂

2013年9月16日 月曜日

きしもと

「取り上げた百句は、二物配合を念頭に置いて抽出したもの」と著者自身が書いている。

一つ根に離れ浮く葉や春の水

取り合わせの句は、ともすると公式に添わせがちで、たぶん句会では座五の水が余分ではないかと論じられるところだが、岸本氏は最後まで水から目を離さない。文字を増やして複雑にしないのだ、と解説して説得力がある。
新書版なので、持ち歩きならが気ままに開ける手軽さがうれしい。

柿本多映句集『仮生』 2013年  現代俳句協会 

2013年9月16日 月曜日

共寝して覗く牡丹のまくらがり
谷蟆の淋しさに蔵ひらきけり
往年は立つたままなり青野原
法華経を知らず蛇のままでゐる
塩壺の塩は減りつつ蝉の穴
このところ芒ヶ原に箱ひとつ
帚木に心音ありと告げにくる
木枯にざらつく姉の身八つ口
もう人に戻らぬ石と芒かな
見も知らぬ昼を歩いて薄氷
傘寿とは輪ゴムが右から左から

ご主人を亡くされたようである。そのことを直裁的に詠んだものはない。間接的にも詠んでいな。柿本多映氏にとって俳句は自身の想念の広場を詠み続けることなのだろう。

澤好摩句集『光源』 2013年  書肆麒麟

2013年9月16日 月曜日

沖に起つ濤のひとつは嘶くも
空蝉に燈の宿りゐる妻籠かな
旅の酒過ごし闇夜が黒牡丹
春闌けてピアノの前に椅子がない
北国の蚊帳吊草に帰りつく
涅槃図を鼠出てゆく初しぐれ
集まつてみな棒立ちや青嵐
杉林雲に晩年あるごとし
うたたねの畳の縁を来る夜汽車
電信柱の軍隊が行く枯野かな

彼岸と此岸の狭間で詠むモノトーンの世界が展開されている。

風立ちぬ

2013年9月5日 木曜日

ににんのお仲間高橋寛治さんの絵画の二人展が銀座三越前の沙翁で行われた。もう一人の方はフランスの女性で陶製の作品。と言っても器ではない。どちらも、イメージを絵にしているのだが、その色遣いがとても似ていた。既成の作家なら誰にちかいだろうか。青を主軸にしているので、暗そうに見えて重たくはない。それもお二人の共通点である。油絵具もマジックペンのようになったものがあるらしい。筆を使わず、水もいらない。

帰りに「風立ちぬ」を観ることにした。積乱雲をいままでは、いかにも夏らしい風景の一つくらいに眺めていられたが越谷の竜巻が発生してからは、なんだか不気味な雲に見えてきた。それが、映画の中で頻繁に現れたが、竜巻などを想像もしなかっただろう。映像的にも積乱雲は存在感のある雲なのだ。アニメの自在さはややもすると内容の軽さにも繋がってしまう。ところで、「ににん」52号の清水哲男さんの巻頭言は「風立ちぬ」を観た感想なのだが、答えは伏せておこう。

帰ってきてテレビをつけたら、「仕事ハッケン伝「中田敦彦×映画宣伝プロデューサー」とかいう番組で「風立ちぬ」のパンフレットに書きこむキャッチコピーを考えていた。100のキャッチコピーを生み出すために朝から晩まで、何日も考えている姿は俳句を考える姿にも似ていておもしろかった。宮崎駿は今回の作品を期に引退宣言をした。

ににん52号 初校校了

2013年9月4日 水曜日

この秋号で、「ににん」は13周年になる。とくにそのことを意識したわけではないのだが、特集が二つも入ることになった。一つは「石鼎をめぐる鼎談」、もう一つは「虫送り吟行」。これもかなり遠方の参加があり今までいちばん大勢の吟行になった。ふたつの企画だけでも40ページを使用するので、100ページ近い冊子になる。賑やかな号になりそうだ。毎回の力みは草臥れてしまうが、たまにこうして力んで雑誌にメリハリをつけるのもいい。

それにしても二日の越谷あたりの竜巻、今日の栃木の竜巻とはどうしたことなのだろうが。日本列島災害ばかりが続いていて、ノアの方舟が必要になりそうだ。ずいぶん昔、この土地に住み始めて間もないころ、竜巻を見たことがある。と言っても被害があったわけではない。住み始めたころは駅まで人家より畑の面積のほうが多かった。多少風もある日だったが、畑を貫くバス道路で、右側に広がる畑の真ん中で、突然風が渦を巻き始めた。それが瞬く間に高く大きくなって畑の土を巻き込んで空へつながる勢いで少しずつ移動しているのだ。

どこの方向へいくのかわからにので立ち止まっているとバス道路をよぎり始めた。行く手を茶色い柱となって生き物のように移動していた。直径100メートルくらいだったろうか。さすがに車もその竜巻の中を突進はしなかった。直前で止まってさてどうしたものだろうかと考えていたのかもしれない。道をよぎった竜巻はまた畑の中を移動していった。それから200メートルくらいのところで、竜巻は自然消滅した。畑の真ん中に最近建ったマンションにぶつかったのだ。時間にすれば20秒くらいかもしれない。竜巻の突然生まれる経緯を間のあたりに見たのだ。まー、越谷の竜巻を恐竜に例えれば、蜥蜴くらいの規模の竜巻だったが。

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