2013年5月 のアーカイブ

この草何んの草

2013年5月29日 水曜日

13先日、ににんの仲間から(白くて透明な植物で、茎から鯉幟のような感じでついている……なんていうのだろうか)というメールを貰っていた。
 今日散歩しながら、これのこかなーと思って写メールを送ると(そうそれですよ。)という返事がきた。

 私もこの植物は気になっていた。枯れているのではない。春の瑞々しい草花に混じって初めから茎も葉も真っ白なのである。写真でまじまじと見ると竹の葉にも似ている。実物は高くても1メートルにも満たない植物だが。
 俳句をしているおかげで雑草の類の名前も随分覚えたが、まだまだ知らない草はいっぱいある。

ゴールデンウイークが終らない

2013年5月17日 金曜日

旅行はたいがい平日に行くので、宿など探すのに難儀をするなどと言う経験はほとんどない。ところが今年はなんだか違うような気がする。ゴールデンウイークも過ぎた先週の旅の箱根も、支配人が言うには宿はどこも一杯だということだった。そうしてこの15・16日の越後湯沢の宿も、捜し役の義兄がやっとみつけた宿だという。混むのがスキーシーズンならわかるのだが。

でも高半っていうのは「雪国」の川端康成で有名なところだし、わたしは一度覗いてみたい宿だった。しかし、義姉は「そこしかなかったの」と不満そうだった。そういえば何回も越後湯沢には兄弟で泊っているが、初めて利用する宿である。宿には川端康成が「雪国」を執筆した部屋が残されていた。その小説が発表されたは私が生れたころ。その頃は宿もそんなに沢山はなかったのだろう。「高半」は湯沢には二軒ぐらいしかないかけ流しの温泉のひとつである。

「雪国」を執筆した六畳間はかなり古びた畳の間。その保存された部屋の手前のホールが大きな書庫のようだったが、川端康成に関係もない本がたくさんあり過ぎた。以前山形で偶然宿泊した宿の女将が、藤沢周平に所縁があったとかで、周平の色紙や手紙の類、それに周平の初版本を揃えていた。予備知識もなく出会った宿だが懐かしかった。

毎年訪れるたびに越後に来るなら五月だと思う。この頃になれば季節が安定して凍った道も無くなる。山々の頂上には雪が残り、蕗やこごめが摘み放題の野が広がっている。関東よりも一カ月遅れの越後は春と初夏が重なってやってくるのだ。

今年は四月の終りの信州に始まって毎週地方に出かけることになってしまったが、もう一つ「遷宮の出雲大社と石鼎を訪ねる旅」が月末に残っている。ここなども、三ヶ月くらい前から動き出したにも関わらず、宿もあっという間に埋まってしまい、一ヶ月前くらいには全く予約不可能になった。私はいつも出雲に行く時には、現地に着いてから宿を予約していたのだが、やっぱり遷宮が関係しているのだろうか。今回は大所帯になるので、そんなアバウトな旅は出来ない。最後の打ち合わせをしなければ。

榎本好宏エッセイ集『季語の足音』 2013年5月 歴史春秋社

2013年5月14日 火曜日

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榎本氏はこれまで「季語の来歴」・「季語・語源の成り立ち辞典」「風のなまえ」など、季節を主軸にその成り立ちや本意を語ってきた。この「季語の足音」もその延長にあるが、これまでよりもより私的な只今から語られて、筆者の心意気のようなものが伝わってくる文章である。

中吉の旅

2013年5月11日 土曜日

130513_0917~01 旅行をすると暫く食傷気味になる。ひたすら食べることに興味を持つ娘夫婦との旅は、なおさらである。最後の留めは鎌倉の穴子丼である。

この穴子丼は孫と鎌倉に行った時に出会った食事処だ。カウンターに五脚の椅子があるだけで、初めて入った時に注文も聞かないでいきなり穴子丼がでてきた。勿論それを食べに入ったのだが、それしかない店なのである。実家に帰った孫がその味を絶賛したので、今回、味をたしかめるために立と寄りたいと言うのだった。今回もやっぱり注文は聞かない。黙っていても穴子丼がでてきた。酢飯に金糸卵と胡瓜の千切り、その上に穴子が乗っている。穴子が生かされた料理である。美味しかったが、朝のホテルの50品目を盛り込んだ朝食が消化しきれていない胃には堪えた。

それで、帰りの車の中で「今夜は素麺ね」と宣言した。スーパーでそれなら鯛素麺がいいと、4人分の食材を買い込んだ。レジの支払いが3、333円。なんとぞろ目だ。だからどうというわけでもないが、めったにこんなことはないだろう。これが7ならもっと弾んだかもしれないし、8だったらさらに盛り上がったかもしれない。3はさしずめ中吉、と言うあたりになるだろう。

立夏

2013年5月7日 火曜日

三日が八十八夜で五日が立夏。その八十八夜に出会った人から、動脈硬化から壊疽の惧れが出て足を切断した人の話を伺った。会に参加できないのでよろしく、という伝言までいただい。それから二日後の立夏に親しい友人の訃報が届いた。こんな爽やかな季節に相応しくないわよと思っても、人間は日ごとに老いていくのである。それでも友人は、介護を受けながらも住んでいる家で亡くなったのは幸せなことではないかと思う。やはり日常の延長で終るほうがいい。

以前、豪華な介護つきの老人ホームに入った友人を訪ねたことがある。そこにぼんやりしている老人や車椅子の人がいなければ、ヨーロッパ調のホテルにも見えるのである。入会金も日常の費用も相当な資産が必要な高額施設である。しかし、そこに入ったら、ぼんやりした人々と暮らして、会話もなく、みんなが孤独な姿を曝しているような気がした。もう日常が見えなくなってしまった人はそれでもいい。

しかし、友人の場合は足腰は弱って車椅子でも脳が健在だった。私が入っていくと、久しく会わなかったにも関わらず、すぐに「あら岩淵さん」と名前を呼んでくれた。それから健康だったときの共通の友人の名前がつぎつぎに飛びだした。石鼎の話もしていた。歓談の途中で「トイレにいきたい」と言ったので、私は受付の人にそれを伝えたのだが、なかなか介護人が現れなかった。友人がまたトイレに行きたくなっちゃった、と言った。私はまた受付に走った。しばらくして私の傍らに寄って来たホームの人が「オシメを取り替える時間が決まっていますので」と、心配するなというような言い方だった。

これには愕然とした。身体が不自由になったら、かなり機械的な介護になるのである。これは意識の健在な人には地獄ではないだろうか。そこのロビーには各階のフロアーにふかふかのソファーが置かれて、個室もかなり広い。でも友人は一日中機械的な対応の介護人との会話しかないのである。もし、これが自宅にいたのなら、這ってでもトイレも自分で行けるだろう。自宅にいたなら近所の人が訪ねてきたりして会話があるだろう。お茶飲み話で時を過せたら随分と一日がたのしいだろう。

私は娘に宣言した。「私は介護施設などには入らないから、覚悟しておいて」と・・。あしたは、その娘夫婦と正月に泊ったホテルにいくことになっている。父の日母の日の纏めてプレゼントなのである。正月に宿泊したときに、具合いが悪くなり、私が夕食を前にしながら口に出来なかったのを残念がっているだろうと察して、同じホテルなのである。

加藤耕子句集『夏至冬至』 2013年4月 角川書店

2013年5月1日 水曜日

桃を売る煉瓦民家の屋根に石
遺跡より遺跡をつなぐ林檎畑
渭水いまも霧の中より霧の声
水平線見定めてゐる花の山
振り返ること獣にも翁の忌

旅と言っても世界的な旅をしている作家の句集である。旅に流されないで骨格を感じる作品群である。幾たびか行ったことのある中国を思い出した。

相野暲子第二句集『でんがら餅』 2013年5月 文学の森

2013年5月1日 水曜日

蝌蚪の紐水を濁して引き寄する
湧水に力ありけり神の留守
山神に弓矢を祀り菖蒲葺く
甘樫の丘越え来たる稲雀
落し角拾ふ野墓を掃除して

作者の住んいるところが東吉野鷲家、まさに原石鼎が二年ほど過した土地である。そこは風土の香り濃い場所なのかもしれないと、つくづく感じ入った。「この句集は後世、民俗学の資料としても重宝されるだろう」と茨木和生氏が帯にも書いている。

和知喜八全句集 2013年4月 紅書房

2013年5月1日 水曜日

今年が和知喜八氏の生誕百年にあたるということで、結社「饗宴」で刊行したもの。現主宰の山崎聡氏の監修。
おそく帰るや歯磨きコップに子の土筆    『習作期』 
花嫁の父たもとおる樹の青葉         『同齢』 
わびすけへ鶲息子の給料日          『羽毛』
七十歳の夏あかがねの沙羅双樹       『川蝉』
夏休み子供の金魚へ金魚足す         『父の花火』 
たましいを入れあちこちにほたるぶくろ    『五階の満月』 

加藤楸邨の「寒雷」で育った作家らしい生活から発した人生諷詠。

矢島渚男 著『シリーズ自句自解1』ベスト100 2013年 ふらんす堂

2013年5月1日 水曜日

自己の俳句工房の公開とも言えるが、自句自解は作家によって内容が違う。矢島渚男の場合はその一句を作ったときの背景が書着こまれていて、自ずと自分史にもなっている。

咲き終へて桜は山の木に還る
ざわざわと蝗の袋盛り上がる

こうした句を拾ってゆくと、有無を言わさぬ存在を感じる作品集であるのがわかる。

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