‘喜代子の折々’ カテゴリーのアーカイブ

花の雨

2019年4月10日 水曜日

このところ、いつも窓からの景色を眺めながら、「今日は出かける日ではなくてよかったな」と思うのである。そうして、外出のたびに「昨日でなくて良かったですね」と、好天気を称え合うのである。

前から予定されていた約束で、花見のためでもない外出だったが、自ずと落ち合えば桜のある所へ誘われる。また、不思議に出かける日は好天気なのだ。下旬に桜のための旅行が控えているのだが、こののりで好天気になればいいと願っている。。

DSC_0859毎年桜のためにだけ集まるグループだ。その上、この旅はすべてお任せにしてあるので、計画表が回ってきてもよく読まないまま、指定された切符を間違いないように買うことだけを心がけている。

こう書いていくと、さぞ壮観な桜見物を想像するかもしれない。あるいは、さぞ有名な桜のために足を運ぶのだと思われそうだ。しかし、本当は名もない一本の八重桜だったりするのである。強いて、その桜に集まる理由は、周囲に桜がなくて、その桜がただ一本聳えているだけみたいなときもある。しかし、行き着いてしまいば、そのただ一本だけの桜を訪ねてきたことに納得しているのである。

さくらさくら

2019年4月5日 金曜日

さくら西新宿のビル群の狭間にある桜。そんなに見物人がいるわけでもなかったが、二、三人去ると、二、三人が現れるという感じで桜を愛でていた。

写真はその寺の天水桶を覆った花びら。カメラを構えた自分の半身の影が写ってしまった。昨日は強風の一日で外出をする気にもなれなかったが、今日は20度ぐらいにはなったかもしれない。

食事もまた、ビル群のこんなところに、と思う様なレストラン。本来なら大きな規模の建物なのかもしれないが、周囲があまりに高層ビルばかりなので、桜同様に、狭間にあるレストランという感じだった。

令和元年

2019年4月1日 月曜日

本日11時に新たな年号が発表された。「ににん」の句会の日の途中で、それぞれが携帯で確認していた。発送したばかりの「ににん」74号は平成最後の発行誌だ。次の「ににん」75号は令和元年の第一号目になる。

令和(れいわ)
英弘(えいこう)
久化(きゅうか)
広至(こうし)
万和(ばんな)
万保(ばんぽう)

候補は以上だったと言うが、収まりのいい濁りの入らない発音に落ち着いた感じである。さらに特徴的なのは、純国書万葉集から選ばれたことのようだ。

中国の秦の始皇帝が元号の統一によって全土を収めた。それ以前の中国は、諸所で勝手に年号を決めていたようである。始皇帝が決めた年号に従わなければ反逆とみなされたのだろう。そんなお触れも出したに違いない。

風土詠

2019年3月27日 水曜日

いつも思うのだが、俳句は風土を詠むのに適している。前衛的な俳句は、その裏側に思想が張り付いているのだが、伝統俳句は季語を謳うと言っても過言ではない形式である。

たとえば一句ずつ何の脈絡もなく作りためた句集と、一つの風土を移り変わっていく季節を詠んだ集積とでは、句集から湧き出してくる空気が違うと思う。一度はどこか一カ所の風土を過ぎる季節を読んでみたいと思う。

そんな折、角川『俳句』4月号では、一年間にわたって「風土吟詠」の連載が始まった。都道府県代表47人が毎回自身の棲んでいる風土を読む。わたしは埼玉県の句を出すことになった。秩父盆地の行事を数えただけでもたくさんある。

春になれば、お遍路姿は秩父の風物詩、通ってみるのもいいかもしれない。

田芹

2019年3月26日 火曜日

谷中銀座をぶらぶらしていたら、田芹が売っていた。
昔は春になると近所の田んぼで芹を摘んでいたが、今は田んぼが無くなってしまった。売っていたのは、その摘んだことのある田芹だった。

春の山菜は独特な味がする。なんの味かと言われても山菜の味としか言えない。その苦みも独特である。このところ、毎年春になるとタラの芽がいち早く店頭に並ぶ。さらに、そのタラの芽を天ぷらにしたものが売り出された。

以前は蕗の薹の独特な苦みに比べると、タラの芽は特別な味もしないような気がして、なんでみんなそのタラの芽を珍重するのだろうと思っていた。ところが、スーパーのタラの芽の天ぷらがなんとも不思議な複雑な味で、目にするたびに買ってきていた。

タラの芽が、いちばん上品な山菜のような気がしてきた。今頃になってそれに気が付いたのもおかしな話である。

知人が庭に繁縷がたくさんはびこっているので、食べてみようと思う。と言っていたので、どうなったかな、と思っていたら、結局繁縷という確信が持てないのでやめてしまったという話をしていた。

繁縷は七草粥の材料として新年の店頭に並んでいる。毎年買ってきて、一応種類を確かめてみるのだが、たしかに繁縷も混ざっていた。しかし、一本位しかない材料では味は解らない。

想像の中では、ほとんど味らしい味もしないのではないかと思った。その話を聞きながら街中を歩いていると、歩道の端に紛れもない繁縷がはびこっていて、花をつけていた。

三月も終わり

2019年3月20日 水曜日

お菓子お茶室三月も終わりに近い。少し遅めのひな祭りのお食事会、正式には茶粥懐石を頂いた。

厄介だったのは、老若を問わず最近正座が出来なくなった人が多いので、茶室に椅子が用意されていた。その椅子がスツールなので背もたれがない。

長時間座るには、かえって辛かった。私は二時間くらいの正座は平気である。むしろ椅子より疲れない。

まー、しかし、膝を曲げられない人にはいいのかもしれない。阿佐ヶ谷の鄙びたお家はお茶席のためにだけあるお宅のようで、庭のさり気ない整え方もよかった。

今回は人数が多くて、15,6人ぐらい居ただろうか。本当は小さな部屋で同じ分野の話の出来る人が、肩を張らずに本音を言い合えるような仲間がいい。

4,5畳の茶室と言うのは、まことにそうした会話をするのに相応しい広さなのだ。

そういう意味では、連句などにはうってつけの空間が出来上がる。「さしつさされつ」などという段取りもしない。ときどきお酒が回ってくるから、飲みたい人は自分で注げばいいのである。座の静かさも保たれる。

夜空は朧月になっていたが、満月ではなかった。

多摩の横山

2019年3月17日 日曜日

musasino一年に何度か訪れる府中「郷土の森」、まだ枯れ枯れの風景だが木肌に当たっている日差しが3月だ。根元まで日を浴びた裸木がきれいだった。この一枚も葉のない木立が好きだ。

裸木にまんべんなく当たっている日射しは、その足元の根にまで及んでいる。そこだけ切りとれば寒林と呼んでも通用するこの光景が、なぜか清々しくて惹かれる。園内は梅が咲き終わって山茱萸の花が盛り。

郷土の森の脇には多摩川が流れていて、その川向こうには多摩の横山が連なっている。自然の野原をそのまま区切ったような園内は、その横山まで一体感があって、思いつくと足を延ばしている散策路の一つである。

74号印刷所へ

2019年3月7日 木曜日

「にんん」74号を予定通りに印刷所に送った。ワードで作成した原稿をページ順に揃えて、データーはUSBメモリーに入れて、郵便局に持っていく。毎回、この手順は変わらないが、橋の袂にある小さな郵便局に行くときの足取りは特別軽い。

いつもは、メールでデーターを送って、紙焼き原稿を郵送するという手順をとっていたが、写真が重くて送れない原稿が出てきたりするので、最近はデーターも一緒に郵送するのだ。そうして今日は晴れ晴れと鎌倉散策などしようと思っていたが、雨に加えて春雷も鳴るとかの予報があって中止にした。

あと5回発行すると「ににん」は80号になり、20周年を迎える。この持続力は我ながら凄いなーと思う。ここまでくると、いろいろと歴史も積み重ねてきた。20年の歳月の重さがようやく実感できるようになった。

お水取りの紙の椿

2019年3月3日 日曜日

DSC_0781落ち椿
お菓子のお皿を手にして、何の花かしら、と思った。すかさず隣人が「お水取りの椿ね」と言った。私は「そうなの」と言いながら、お水取りの何処で椿の花なんか飾るのだろうか、と思った。

「私も見たことがないんだけれど、お水取りでは造花の椿を飾るのよ」と隣席の女性がまた言った。そのとき微かな記憶が浮上してきた。何年か前に行ったお水取りの二月堂で「造花の椿なのね」と呟いた記憶が蘇った。

何の花かもわからずに食べ始めた私と違って、椿と見定め、しかもその椿がお水取りに飾られる造花の椿を模したものとまで見極める女性に感心してしまった。

そうしたら席主がその二月堂で飾る紙の椿を見せてくれた。手前が使用した椿で、後ろのが未使用の椿の造花だという。本物の椿を飾らないのは、お水取りの間に花が落ちるのを忌み嫌うからのようである。

今頃は多分この紙の椿を大勢で作りためているのではないだろうか。なにしろ大きな枝ぶりの椿だったと記憶している。

小説工房

2019年2月27日 水曜日

小説は私には向かない、と思っていた。なぜかと言うと、説明しなければならないことがたくさんあるような気がして面倒くさいな、と思っていた。それなのに、なんとなく「小説」の講座を申し込んでしまった。

二日間で八コマの授業を終わると最後に小説が出来上がるという仕組みのようだ。この方法が面白かった。いつもは結構居眠りなんてしてしまうこともあるのだが、今回一度も居眠りが出なかったのは、つぎつぎ課題を書かなければならなかったからだ。

今回はパソコンを持ち込んでおいてよかった。講座では、初めのほうで小説を書くために主人公のイメージを作らせた。私は五〇歳の女性・フリーライター・ロングヘアー・などを書きこんでおいた。そこからつぎつぎ質問が出されて適当に書いていくのだが、講師の課題は決してその最初に決めたイメージのための質問でもなかった。

例えば、★夏目漱石「こころ」のKに来世で出会ったら「わたし」はどんなことばをしゃべるか。★イケメンの顔を見せて、どんなことをつぶやくか、★こんなことに出会ったら嫌だなーと思うようなこと、などなど10項目以上の課題についての小文が蓄積された。

初期に作らされた「五〇歳の女性・フリーライター・ロングヘアー・醒めた視線」などの主人公をイメージしながら「水曜日の晩ごはん」の場面を書くようにと言われたのは二日目の昼頃。そしていよいよ最後の時間に小説にまとめよ、という順序になった。

ここでパソコンが威力を発揮した。これまでの小文をつなげたり前後させたりするのは手書きでは手間取る。掌編小説があっという間に出来上がった。できるものなんだなー、としみじみ思った。

暇そうにしていたためか、先生が近づいてきて作品に目を通しているうちに、「かっこいい」と言った。私の作品の中の「孤独になんてもう居直ってしまっている」という箇所にいたく感心したみたいだった。二度ほど呟いた。

私のような年齢のものには当たり前のことが、若い人には新鮮に映るのかもしれないと思った。なんだか、小説が書けそうに思った。

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