‘喜代子の折々’ カテゴリーのアーカイブ

ふたご座流星群

2018年12月17日 月曜日

DSC_0653鴨 黒目川に鴨がきていた。よく見ると左端に半分鷺も写っていた。
 
14日15日あたりは流星群が見られたはずだったが、消灯のベランダあたりからでは星は見えても流星は見られない。大きな流星群は年に3度ぐらいはあるそうだ。来年は、心がけて流星群の思いっきりみられる宿に泊まろう。

この黒目川のあたりに来れば、きっと流星も少しは見えるはずだと思うのだが、一人で真夜中に出かける勇気はない。

草蝨

2018年12月9日 日曜日

DSC_0652エコパックの底についてきたもの。草蝨(くさじらみ)とはよくぞ名付けたものである。ほんとうに虫のようにも見える。要するに草の種なのである。

こうして遠くに運ばれて繁殖する。この草蝨は自ら飛べないが蒲公英の絮毛は自ら風に吹かれて遠くへ飛んで行く。私が運んできた草蝨はなんの草だったのか分からない。

脚のように見える二本の突起がセーターの網目にもしっかり食い込んでいて、外すときにはかなりな抵抗感が伝わる。生き物の意思みたいなものだ。なんか、健気に思える。

武蔵野

2018年12月8日 土曜日

DSC_0640 友人と『竹取物語』を俳句に詠む試みをしていたが、どうも思うようにならない。午後になって思い立って平林寺に出かけた。あそこには見事な竹林があって、その脇を通る径があったことを思い出したからである。

平林寺の後ろの雑木林は第二次大戦中、国から畑にするように要請されたのを住職が必死に抵抗して守ったと聞いたことがある。それは、単なる林ではなく武蔵野の雑木林だったからである。

それを強く意識しているのは、地元新座市である。平林寺に近い市立の図書館の前には国木田独歩の銅像が立っている。独歩はそれをどんな風に書いていただろうか。
  ***
昔の武蔵野は萱原かやはらのはてなき光景をもって絶類の美を鳴らしていたようにいい伝えてあるが、今の武蔵野は林である。林はじつに今の武蔵野の特色といってもよい。すなわち木はおもに楢ならの類たぐいで冬はことごとく落葉し、春は滴したたるばかりの新緑萌もえ出ずるその変化が秩父嶺以東十数里の野いっせいに行なわれて、春夏秋冬を通じ霞かすみに雨に月に風に霧にしぐれに雪に、緑蔭に紅葉に、さまざまの光景を呈ていするその妙はちょっと西国地方また東北の者には解しかねるのである。(国木田独歩著『武蔵野』)
           ***
まー紅葉もないわけではなかったが、雑木林が全部赤くなったのは最近のことだと思う。こんなに紅葉がなかった以前には、平林寺はいつも閑散としていた。

庫裡のあたりも本堂にも足を踏み込めないように、工事用の冊が回らされていた。そうして、通りたいと思った竹林の脇の小径にも行けなくなっていた。

久しぶりの平林寺

2018年12月4日 火曜日

平林寺1平林寺がいつの間にか紅葉山になっていた。全山いたるところに紅葉が植えられて、バスツアーもきている。大方がまだ若木なので、これから毎年賑わうことだろう。

しかし、禅寺、それも格の高い平林寺が全山紅葉山というのは、似合わない気がした。以前は寺の後ろに武蔵野の雑木林が広大に広がっていた。冬になると根元まで日差しが届いて、林の隙間を青空が埋めている風景が気持ちよかった。

もちろん、これから紅葉の葉が落ちてしまえば、そういう風景になるには違いないのだが、なんとなく憮然とした気持ちを抱いて帰ってきた。もちろん紅葉も美しいが、武蔵野の雑木林をむやみやたらに赤くしてしまうのもどんなものだろうか。

2018年12月1日

2018年12月1日 土曜日

あまりご無沙汰していると、ブログを書くのがどうでもよくなってくる。昨年11月の末に句集『穀象』が出来上がって、これでようやく一段落と思った。それなのに、それからの方がなんだか落ち着かない日々のままあっという間の一年が過ぎた。

それでも「ににん」の発行だけは、滞りなくいつもの順序で進めてきた。昨日ページを整えて、最後に編集後記を書き終えて、あとはプリントして、月曜日にみんなで校正をすればいいところまで片付いた。それで、最後に用心のために外付けハードデスクに入れようとした。

ところが、なぜか入っていない。しかもそのデスクトップに置いたアイコンもなくなっていた。ハードデスクにも前号の同じ名前のデーターが入っていたが、それが更新されたわけでもなく、半日かけてやり遂げた編集のすべてが消えていた。どこかに紛れ込んでしまったのではないかと、端からアイコンを開けてみた。

直前の作業の履歴が表示されるので、それをクリックしてみると、削除されたか移動されたためか開けない、というような表示になる。体がふわふわしてくるような脱力感が襲った。

いつも問題が起こると駆け込むパソコン教室に持ち込んで調べて貰っているうちに、見付かった。ピクチャーの中に紛れ込んでいた。そこだって見たつもりだったが、私が見た時には見付からなかった。ハードデスクに入れようとドラッグしたときに、マウスから外れたのだろう言う。

どちらにしても、半日ですむ筈が一日掛になってしまった。使う私も老体だが、このパソコンも老体で、バッテーリは全く使えなくなり、DVDの出し入れもうまくいかなくなっている。

その上に、今年になってからある時期輪ワードを保存しようとすると、「保存できませんでした、という表示が出る。ほんとうに、ふざけたパソコンだ。仕方がないので、ときどき上書き保存をして使っている。

いつの間にか

2018年9月22日 土曜日

ブログの前回の最後の日付けが8月23日。この更新が丁度一か月ぶり、ということになる。

あわただしくて、書かなくてはいけないことも書かないうちに日々が過ぎている。一番最近の大きな出来事は日本一行詩協会の授賞式である。それでも4日も過ぎてのUPである。授賞式の様子はふらんす堂さんがしっかりブログで紹介しているのでそのリンクを張って済ませよう。ついでに詩歌文学館賞の授賞式も。

選者が角川春樹氏・福島泰樹氏・辻原登氏。辻原氏は「村の名前」で芥川賞を受賞した作家である。二十年前くらいだったかしら」と言ったら、辻原氏は三十年前ですよ、とおしゃった。そんなに昔のことだったのだ。

春樹氏はいま、角川源義の百句の鑑賞に取り組んでいるというお話をなさった。私は高校生の頃ラジオから流れる角川源義氏の声を聴いた話をした。「芭蕉は何故奥の細道の旅に出かけたか」というようなタイトルだった。

30分番組だったから、活字にしてもかなりな量があるはずだった。もしかしたら、源義の文章を探せばその内容は見つけられるのではないかと思う。角川春樹氏とはお目にかかるのも初めて、行く前も会場についてからも緊張の連続だった。

新たなXPと歌舞伎

2018年8月23日 木曜日

やっと中古のXPのパソコンを見つけてもらった。以前の小型で、机の端に置いて、そこで開いて使えたのだが、これからは、使う度に本来使っているパソコンを片付けなくてはならない羽目になった。でもとにかく、これまでのハガキソフトが使えて一件落着である。そして、夏休み、と言っても我が家に夏休みでやってきた孫や曾孫とのお付き合いも終わった。

今年は小学4年生になる曾孫へのサービスで歌舞伎に出かけた。来る前にどこに行きたいのかを聞いたら「歌舞伎がみたいな」とポツリと言うのだった。たぶん、曾孫の祖母、すなわち私の娘が、東京から帰ってきては、歌舞伎の話をするのを聞いていたのだろう。

それで、演舞場の新作歌舞伎「なると」に一族総出で繰り出した。初めて見るのに怪談話ではどんなものかと思ったのである。全員が一緒の席には纏まらなかったので、初めて観る曾孫に花道のよく見える席を与えて、大きなお弁当を持たせた。

見終わって劇場を出ながら面白かったかを聞くと、ニコットしたとおもうと「メッチャ面白かった」と答えた。さらに「いままで見た中で一、二を争う面白さだった」と、その喜びようがさらに具体化された。

そのあと、続いたのが辛口批評で「でも思ったより中身が薄かったな」と宣うのだった。「だって、話の真ん中がすっぽり抜けていたもん」とつづいた。そうなんだと、「なると」の中身を知らない大人たちは頷くのみだった。

WindowsXP

2018年7月31日 火曜日

DSC_0510

未だにXPを使っている人なんていないだろう。それもこのパソコンは2004年ものである。しかし、私の使用しているソフトのためにはこのXPが必要なのである。

使用していた「はがきスタジオ」が製造をやめてしまって、Windows10には対応しないのが分かったのは、現在のパソコンに買い替えたときである。それ以来、このソフトのために残したパソコンなのに、デスクトップに画鋲がささってしまったのである。

なぜ画鋲がという理由を言うと長くなるので、それは省いてまた「はがきスタジオ」のためにXPを買おうかな、と思案しているところである。しかし、みんなXPを買うのに賛成しない。なぜって、もう作っていないのだからホローも更新の保証もないというのだ。

何時まで古いソフトに拘らなくても、とみんな言うのだが、このソフトが何と言っても使い勝手がいいので気に入っているのだ。やたらと売っておいて製造中止にするなんてひどいと思う。

そういえば一昨年の冬にナショナル製品の温風ヒーターが壊れて、これも製造中止になっていて修理が出来ないとというのである。この温風ヒーターもお気に入りのものだった。ホットカーペットもストーブからの温風が流れて快適だった。

この形式はナショナル以外には、コロナと富士通のみだということで仕方がないので、また買い直したが、なんか理不尽に思えた。

恒例のゴーヤ棚2018年度公開

2018年7月26日 木曜日

DSC_0542
 
 毎年公開しているゴーヤ棚、珍しくもないのだが今年最盛期のゴーヤ棚をパチリ。我が家の記念行事みたいなものである。多分、これまでのなかでいちばん大きいゴーヤが収穫されていると思う。いつものゴーヤの倍くらいある。

 そんなにたくさんの実はいらないのだが、ゴーヤ独特の艶やかな翡翠色を、どうするともなく打ち眺めている。勿論、夏の日よけとしての役目も立派に果たしてくれている。

この光景を石牟礼道子ならどんな表現で綴るのだろうか。最近何度も読み返してしまう本に、『苦界浄土』がある。

当世流のこのエスロン波板の壁といえども
山腹にたぐり揚げられた朽ち舟が苔むして、
おのずから竜骨を保護するおもむきを有しているこの江津野家の縷々たる年月に早くも溶けあい、
ゆらめくような波型の青い光を放ち、
その海底のもののような光線は、
人口の土間に置かれた古い大きな水甕や、
庭先にころがりこわれたままになっているボラ籠や、
そのようなボラ籠の庭先にかげりはじめている日ざしとまじわりあい、
まだ電灯をつけない家の中に
――この家のたったひとつの裸電球は、
いつも家族たちの食堂の上に垂れているのだった――
不思議な明るさをもたらしていた。  (講談社文庫『苦海浄土』 189ページ)

、敢て句読点ごとに改行してみたが、ほんとうは一節なのである。文庫の7、8行を費やしいる文章は、訪れた家の神棚の後ろの壁が塩化ビニールの波型板で補強されていることの印象を書き込んでいるのである。

 石牟礼道子がそれを書くと一編の詩になるのである。そして、大理石で補修したのではないかと思わせるような文章となった。まさに「だまし絵手法」なのである。

こがねむし

2018年7月14日 土曜日

DSC_0501 「こがねむし」かな、と思って近寄ると網戸から離れてベランダに落てしまった。カメラに収めてみたが玉虫色は発揮されていない。しかし鮮やかな緑色だった。

「こがねむし」はもう飛べないのか、そのまま一日居座る気配を見せていた。しかし、夕方買い物から帰ってきたら、「こがねむし」の姿が無かった。夜行性なのだろうか。

ほんとうは、この虫を和紙に包んで箪笥に入れておくと衣装持ちになるのだと言われていて、どこかの神社では、お札の中にこの虫の翅が入っているらしい。わたしはお札を受ける気がしない。意外に思われるかもしれないが、どうも、虫を触るのは苦手なのである。

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