極楽も地獄も称へ盆踊り   岩淵喜代子

評者 春田千歳

(ににん夏号)極楽も地獄も称へ、というフレーズに驚いてしまったが、私は東京佃島の念仏踊りのことを詠んだ句だと表題にある。私は毎年七月の行われるこの盆踊を見たことはなく具体的にどのように踊るのかどのような歌詞なのかわからないがどうも「南無阿弥陀仏」という言葉が唄い込まれているらしい。由来を調べてみると江戸時代、摂津の国から移住してきた漁師達が本願寺教団の信徒であり、隅田川の近辺の無縁仏供養が踊りの発端であったらしい。

東京の超高層マンションの林立するすぐ近くで昔と変わらない念仏踊りが今も継承されていることに感動するとともに、もし私がこの地を吟行したならばお祭りの情緒に流されてしまって観光俳句になってしまうだろうと思った。しかし作者の岩淵氏は「南無阿弥陀仏」と言って踊る人の心のなかに入り、極楽も地獄も称えるというこの独特の祭りの本質を掴んだのだ。素朴で力強い人間本来の姿をみたのではないだろうか。同時発表の句をもうひとつ

水盤に水を満たして留守居かな

祭りでにぎわう表通りをちょっとはずれた小路での景か。水盤とは平たい陶製の花器のことで水辺の景を飾ったり、すらりとした草花を活け涼を楽しむものである。通りすがりにtyっと覗いた一軒の家かもしれない。
祭り囃子の聞こえる座敷でゆったりと水盤の水を眺めている家人がいる。祭りで楽しむ人と、家で静かに待つ人。動と静の対照。どちらも大切な時間が流れてゆく。
2014年9月号「未来図」現代俳句逍遥より転載

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