2011年9月24日 のアーカイブ

山口優夢第一句集『残像』 2011年 角川学芸出版

2011年9月24日 土曜日

帯・中原道夫 栞・櫂未知子
俳句甲子園出場がきっかけとなり句を作りだしたという1958年生れ。この一集はその俳句甲子園以後の学生生活の成果だという。優夢というお名前は本名だと、ご本人から伺ったことがある。名は体を現わすっていうのは、やはり本当かも知れない。

 あぢさゐはすべて残像ではないか
 火葬場に絨毯があり窓があり
 春雨や木の階段が書庫の奥
 大広間へと手花火を取りに行く
 腕に腕からめて春は忌日多し
 泣くときは眼鏡外せり額の花

 心臓はひかりを知らず雪解川
 硝子器は蛍のごとく棚を出づ
 鶏頭の上に煙草の煙消ゆ
 さはやかや金平糖に波の音
 親戚を町の名で呼ぶ茸飯
 弁当を四つに仕切り風の盆

いつもいつも、こんなふうに二物衝撃の句を作りたいと思いながら果たせないことを、この作者は軽々とやって見せてくれていた。

戸恒東人評論『誓子ーーわがこころの帆』 2011年9月 本阿弥書店

2011年9月24日 土曜日

 山口誓子の軌跡が眼目だとおもう。それを句集を辿りながら書きすすめていた。誓子の句も境遇も風聞で知っていることはたくさんあったが、それでもやはり一本に繋げた評論からは確かなものが得られる。透徹した筆の運びが、先へと読み継ぐはずみになって一気に読んでしまった。

 ことに『黄旗』にある平康里を中国に訊ね廻る旅は面白かった。また初版本の『激浪』が戦争の句を削って改訂版を出版していることも目を引いた。終戦後まもなくの出版は活字についての規制もあったようだ。

山西雅子『花の一句』 2011年 ふらんす堂

2011年9月24日 土曜日

 本書は、2010年1月1日から一年間、ふらんす堂のホームページに連載したものを一冊にまとめたもの。タイトル通り花にかかわる季語を選んで鑑賞したものである。

 文字数は大方150字前後の短文なので、何処でも気軽に開きながら参考にも出来る。この365日の花の季語で一年作って見ることに挑戦するのもいいのではないだろうか。

 鑑賞の俳句は鑑賞者自身が選んだものと思う。真摯な人生や生死にか関わる句が多いのは、いかにも山西さんらしい。

柿本多映エッセイ集『季の時空へ』 2011年9月 文学の森

2011年9月24日 土曜日

 現代に必要な俳人とは柿本多映さんみたいな方だろうと思っている。俳句はもちろんのこと、彼女はいつでもどんなことにでも、真髄を見詰めながら、それを拾いだすかのように語る。柿本さんには生家である近江の三井寺を案内して頂いたことがある。

 そんな柿本さんのエッセイ集が出た。大方は京都新聞に発表したものだとか。淡々と旅のこと、人との出会いのことを綴っているが、ことさら珍しいことを語っているわけでもないが、引きこまれるような文章であるのは、ものの真髄を探ろうとする心が書かせているからだろう。

 『季の時空へ』とあるように、「きさらぎ」「椿」「たんぽぽ」「白い桜」……と発表する季節に合わせて書き綴ったことが想像できる。その中には第二次大戦という時代が投影されている。昭和3年生れの柿本さんには戦争は人生史の中でウエイトの大きい事項だと思う。

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