2013年2月2日 のアーカイブ

八木忠栄第三句集『海のサイレン』 2013年二月 私家版 百部限定

2013年2月2日 土曜日

次の間で溶けだすをんな十二月
知恵の輪に遊ばれてゐる冬ごもり
冬渚ひとりあるけばぜんぶ冬
春の宵雲それぞれに寝相あり
油照りゴッホの耳を拾つたよ
逃げ水に攫はれて行く園児たち
ころがつて春のバケツになりました

バケツの句はその形から意外な転がり方をする。作者が見ているのは転がっても転がっても、倒れたあたりをぐるぐる転がっているバケツ、まるでバケツ自身の主張しているようだ。

小笠原和男第7句集『手持ち顔』 2013年1月 角川書店

2013年2月2日 土曜日

春の鹿同じ貌して坐りけり
縁側を歩いて見せて烏の子
鳥の貌入れて枯木は手をつなぐ
死ぬことを忘れてゐたる十二月
もう一度坐り直して花の下

年齢からくる悠揚とした心境、そうして達観の境地から見える風景は自己と対象物とが同じ次元に置かれている。鹿が同じ顔して坐るという捉え方は、こう表現されることで個性になるのである。

いさ桜子第二句集『游華』 2013年1月

2013年2月2日 土曜日

朝市の地べたに雛飾りをり
美術館春の氷を育てをり
動物園春ストーブのがうがうと
呼ばれたるごと花吹雪花吹雪
百合ありしところに百合の花粉かな
風渡るところが動き青みどろ

意外なところに置かれた季語が新鮮である。美術館にある氷はことに美しく感じるし、動物園の中のストーブも意外な存在である。百合があるところに百合の花粉があることは当たり前なのに、この叙述が深遠な世界へ誘われる。

大石悦子第五句集『有情』 2012年12月  角川書店

2013年2月2日 土曜日

ひたひたと来て雁風呂を燻べたしぬ
茶柱が立つたり鶯が来たり
雁帰る攫はれたくもある日かな
塩炒つて夏の日暮をひとりきり
流れ来る桃を百年待つとせむ
椎咲くと男が先に言ひにけり

風土が句を生みだす、ということはよくあることではあるが、関西俳人の風土は言葉にまず現れるような気がする。

宮本佳世乃第一句集『鳥飛ぶ仕組み』 2012年12月  現代俳句協会

2013年2月2日 土曜日

八月の数字の跡の残りたる
鳩の目の離れてゐたり花の雨
春の炉の指にかぶつてゐる光
アカシアの花どこまでも手を振つて
一月の電気に紐のぶら下がる
冬めきて英和辞典にゐる家鴨
冬眠の前にさびしくなつておく
ペンギンは瞼を閉ぢて夜の火事

1974年生、「炎環」「豆の木」所属。第一句集と呼ぶにふさわしいナイーブナ句集である。詠まれている光景は日常の誰にでも見えているもの。それが作者の感覚で組み合わされた季語によって不思議な空間をつくりだすのだ。

小倉喜郎第二句集『あおだまの木』 2012年12月  ふらんす堂

2013年2月2日 土曜日

壺みんな上向いている秋日和
切り株が道をふさいでいる朧
ベットから見ている向日葵畑かな
蚊を叩くあおだもの木が揺れている
急速にアスパラガスとなる二人
靴べらが時々揺れる秋の昼

著者略歴の途中に「2011年秋より野菜作りを始める」とある。そして、後書きは、作者の住む京都亀岡市の中心に、亀山城址があり、そのなかに植物園がある。というこたが書き込まれている。そこは家族の散歩コースになっているが、そのお気に入りの植物園の入口に句集名の「あおだもの木」があるという。この記述に作者の日常の視線を感じる句集である。

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