‘他誌からの転載’ カテゴリーのアーカイブ

「澤」主宰・小澤實 2016年10月号より 

2016年10月5日 水曜日

窓 俳句結社誌を読む    筆者・馬場尚美

「ににん」2016年 夏号 vol 63号
「ににん」は平成十二年秋、埼玉県朝霞市にて岩淵喜代子が創刊。「同人誌の気概」ということを追求していきたいとある。師系は原裕。季刊。

まひまひやおのが輪脱げぬまひまひや   正津 勉
なめくじは負う家も無しなめくじは

正津勉氏の書き下ろし「一切合財煙也」二十句より。見開きに並ぶ二十句は五句一束の構成。一束ごとに世界が創られており、七五調の音数律を抜け出した自由律の言葉が、すとんすとんと降りてきて、五七五に収まっているような風情。言葉たちにお帰りなさいと声をかけたくなる。

まひまひの句はなんと詠嘆の「や」が上五と下五に置かれており、俳句の定型としては驚きであるが、中七の「輪」を中心にぐるぐる回っているのだと合点した。終わりのないぐるぐる。なめくじの方は、のったりと進んで「は」の後はどこへ進むのかなめくじにもわからないのだ。

負うた殻を脱げない哀しみと身ひとつのやるせなさ、と私は人間の視点で読みつつ、かたつむりやなめくじから見た人間はどれほどの生き物なのだろう、と想像していた。そうか、視点遊びのおもしろさ。視点を変えれば「一切合財煙也」か、と考えさせるところが詩人の力である。

凡人のあとさきに降る桜蕊      川村研治
十薬を煎じ凡人生き延ぶや      栗原良子
凡人や手持無沙汰の金魚飼ふ     浅見 百

兼題「凡人」である。難しい題だと思った。日々を凡々と暮らしている私に、「これぞ凡人」という句を作れるものだろうかと思いつつ、五十名近い俳人の「凡人」の句を読んだ。それよりまず三句。

一句日、「あとさき」が巧い。天は凡人の上にも奇人の上にも桜蕊を降らす、とちょっと聖旬めいた慈しみを感じさせる「あとさき」だ。花吹雪ではなく桜蕊であるところがつつましい。
二句目の十薬を煎じるというのも、健康に気遣う凡人の行為として実にまっとうで、愛すべきではないか。人様の迷惑にならないようにぴんぴんころりを願う。

三句日、この金魚は夜店で釣ってしまったにちがいない。凡人が手持無沙汰に飼うわけだから、高級な銘柄金魚ではないと想像がつく。「凡人や」という詠嘆もなんというか、知らず知らずに息を漏らしてしまったような滑稽味がある。と、アイロニーを微かに漂わせる三句三様の愛しき凡人に、いたく親近感が湧いたのであった。

凡人に数へきれない落椿       岩淵喜代子

とても凡人とは思えないシーンに佇む凡人だが、そう感じることこそ凡である、ということか。数えきれない落椿が敷き詰められた舞台に立たせることで、作者はひとりの凡人の中のうかがい知れない非凡を浮かび上がらせているのだ。畢寛、人はひとりぞ、という普遍的な寂しさも感じさせる。

葱嶺の頂自麓青清水汲む      木佐梨乃

パミールはベルシャ語で「世界の屋根」という意味。そして中国語では葱嶺と呼ばれている中央アジアの高原。葱嶺とは、実際にこの地方に何百種という野生の葱が存在していることから名づけられたらしい。

仏教を葱嶺教というのは、釈迦が修行を行った地であるからという。そしてシルクロードの重要なルートでもあった。なんとも時空を超えて雄大な句だ。湧き流れる清水を汲む隊商のさざめきが聞こえてきそうだ。

ボート遊び中々岸に着かぬなり    兄部千達

溌刺と漕ぎ出したはいいけれど、ボートは慣れない人にとってはしんどい。そして倦みはじめてからが長いものだ。カップルで楽しんでいても漕ぐのに疲れて、だんだん無口に。とにかく岸に早く着きたいと願うが岸は遠い。「中々」に川か池の中ほどで、往生している心持がよくわかる。

くらげ生む地球と月の回転で     浜岡紀子

江の島水族館で大きな水槽に漂うくらげを見たときは、その神々しさに圧倒された。くらげは宇宙を感じさせるのだ。作者はその感覚を地球と月の回転が生む、というファンタジーにして見せてくれた。

アトリエを覗いてをりぬ羽抜鶏    宮本郁江
早熟の毛深き桃の手いれ時      伊丹竹野子

レトロな洋風建築のアトリエを、羽抜鶏が首を伸ばして覗いている。句自体が画材になりそうで楽しい一句目。そして毛深い桃とは、と一瞬とまどわせる二句目。どういう手入れをするのだろうと毛深い桃の映像があとを引く。

貼り交ぜる切手とりどり巣立鳥   岩淵喜代子

2016年9月1日 木曜日

『沖』9月号 主宰・能村研三

現代秀句鑑賞   筆者・東 良子

俳壇 六月号巻頭作品「鳥の恋」より
タイトルの「鳥の恋」10句には、上掲句の他に、極く身近な小鳥が詠われている。(雀らに芝生がいちばん暖かさう〉(子雀に隠れどころもなき芝生〉がある。

雀といえば、最近は数が減ったと言われる。町には田畑が姿を消し、日舎の田圃でも、機械化されて稲架も落穂拾いの光景も見かけなくなってしまった(そんな中で見かける雀は、今や懐かしく嬉しくなる存在である。「貼り交ぜる切手とりどり」とは、手許にある、昔、沢山蒐集した切手のことであろう。

とりどりの美しい切手を沢山貼って送る、ゆうパック等であろうか。「巣立鳥」があたかも、沢山の切手を貼つて貰つて、今まさに大空に向かって、飛び立つ処。そんなメルヘンチツクな、楽 しい景が思われた。作者は本年、第29回俳人協会評論賞を受賞された。

綾取りの橋を手渡す鳥の恋   岩淵喜代子

2016年8月13日 土曜日

『斧』主宰・はりまだいすけ

現代俳句評  筆者・大久保和恵

『俳壇』鳥の恋 より
綾取りも毬突きも見かけなくなった。綾取りよりもスマホのゲーム、毬突きよリサッカーだろうか。男女の差がなくなっていると言える。

それが悪いとは一概には言えないのだが、遊びに情緒がなくなっているのは確かである。 さてこの句、「手渡す」とは何と優しい表現であろうか。

しかし、綾取りとはまさに指で作った糸の橋や川を「手渡す」ことである。この措辞によって嫋やかな空間―女の子達が醸し出す香やとりどりの色彩―が眼前に現れ、囀りの空の下で流れて行く幸せな時を共有している童たちの静かな息遣いが聞こえてくる。

高枝の暗きところが小鳥の巣   岩淵喜代子

2016年8月7日 日曜日

『天為』 8月号  主宰・有馬朗人

現代俳句鑑賞   筆者・丸谷三砂

(「俳壇」ハ月号「鳥の恋」より)
繁殖のための鳥の巣は、地中、樹上、岩棚、木の洞など作る場所にもいくつかのタイプがある。その素材も泥や小石、羽毛や獣毛、枯葉や樹皮など鳥によってさまざまである。

掲句の小鳥の巣は樹上の高いところにある。おそらく木の股などに枯葉や小枝などで作られたものであろう。葉の茂っている季節にはなかなか見定めることが困難なのが鳥の巣である。敵から身を守るためには目立たないように巣作りをするのが鳥の習性でもあろう。

葉陰に見え隠れしてどこか輪郭の定まらない小鳥の巣を「暗きところ」よ表現して成功している。

貼り交ぜる切手とりどり巣立鳥    岩淵喜代子

2016年8月6日 土曜日

俳誌「月の匣」 主宰・水内慶太

詩海展望    筆者・田中喜翔

「俳壇」六月号) 俳人と郵便の係わりは深い。毎日俳句や文章を書いては出し、来たものを受け取り郵便に追い立てられながら仕事をしているのだが郵便物は規格や重量厚さによって料金が決つているので例えば一四〇円の場合は一〇〇円と三十円十円の切手を貼り交ぜることになる。

掲句の場合、意味は異なるが「とり」の語が三回繰り返されとてもリズミカルだ。巣立鳥のように手元を離れてゆくのはきっと佳信であろう。ちなみに鳥の図柄の切手は十円と一部の八十二円。

『紫』八月号   主宰・山崎十生

2016年8月6日 土曜日

俳誌紹介   筆者・久下晴美

◎俳誌「ににん」春号(季刊 通巻六二号)
○代表=岩淵喜代子 編集人=川村研治
○発行所=朝霞市溝沼五‐一下上四
*平成十二年秋、岩淵喜代子が朝霞市で創刊。師系は原裕。「同人誌の気概一ということを追及している。主宰は置かず、季刊誌として四月・七月。十月。一月の年四回発行。投句者全員が同人で、昨年秋に通巻六十号、創刊十五周年を迎えた。同人作品は「ににん集」と「さざん集」から成り、各五句ずつ掲載。巻末綴じ込みのエッセイ集「雁の玉章(かりのたまずさとは十七号となり、六名が執筆。

◇ににん集より(兼題…受信)
松過ぎの岬へ運ぶ受信音          岩淵喜代子
大欅ただ今春を受信中          大豆生田伴子
ふたたびの世に寒北斗受信せよ       武丼 伸子

◇さざん集より
風花や発掘されし柱穴           川村 研治
へうきんな冬雲ふはりひよこ色       高橋 寛治
行列の影が影踏む春隣           服部さやか

*巻頭には山内美代子句画集「藤が丘から」・浜田はるみ句集「韻く」の出版祝賀会と書評を十三頁にわたり載せている。岩淵氏は〈石鼎余滴〉として原石鼎の評伝を四頁執筆。

*余談だが「ににん」のウェブサイトも充実している。〈喜代子の折々〉は代表の日常が綴られており素顔が垣間見えて興味深い。

毎日新聞 7月27日夕刊

2016年7月31日 日曜日

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毎日新聞夕刊

「ににん」夏号 59号

2016年7月30日 土曜日

『遊牧』2016年8月号 主宰・塩野谷仁
俳誌探訪  筆者・伊藤幸

「ににん」夏号 第59号
代表・岩淵喜代子
編集長・川村研治
発行所・埼玉県朝霞市

表紙絵/尾崎淳子    題字/黒田靖子
表紙裏「奥の細道を読む」第三一回「白河の関」英訳版和 訳英訳いずれも分かり易く解説。木佐梨乃氏執筆

俳句史の地平『二冊の「鹿火屋」―原石鼎の憧憬』
著者岩淵喜代子。俳人原石鼎の作品足跡を辿って綴られた書 籍を熱く四頁に亘って解説。水野真由美氏執筆。

「ににん集」正座 四一人名 各五句より。
正座とはなれず蹲裾のひきがえる   佛川 布村

「さざん集」   四三名 各五句(内半夏生より)。
てのひらの雹は芯まで曇りいる    岩淵喜代子

秀句燦燦「ににん反勿」八 河村研治選評 十一句より。
立冬の鏡の奥の時計鳴る       武井 伸子

秀句燦燦「十七音の字宙⑨ 浜田はるみ選評 十句より。
春の水光の底を流れけり       石丸千恵子

石鼎余滴三「鈴木芳如」      山石淵喜代子氏執筆
原石鼎と鈴木芳如との長年の関わりが綴られた随筆。

「雁の玉章」浜岡紀子、武井伸子、栗原良子、岩崎喜代子の四氏・随筆執筆。全体に若さと向上心が漲り発展を願う。

貼り交ぜる切手とりどり巣立鳥   岩淵喜代子

2016年7月30日 土曜日

『くぢら』2016年8月号 主宰・中尾公彦
現代俳句月評  筆者・工藤進

(『俳壇』六月号(鳥の恋)より)
封筒や葉書に色とりどりに貼られた切手は受け取る方も何故か楽しい。四季折々の季節感も香りもあり、差出人からの温もりや遊び心さえ感じる。たかが切手、されど切手なのである。

詩作とはそんな日常の些細な視点や発見から生まれてくるものかもしれない。封筒に貼られた様々な切手はみな一羽づつ、作者から離れた巣立鳥なのかもしれない。

高枝の暗きところが小鳥の巣   岩淵喜代子

2016年7月30日 土曜日

『麻』2016年7月号 主宰・嶋田麻紀
現代俳句月評 筆者・川島一紀

『俳壇』六月号「鳥の恋」より。
大抵、小鳥は、危険なものが近づかないような、安全な場所である樹木の高枝に巣を作る。地上から、巣の構成物である木の枝、枯草、紙、土などを拾い集めて低い擂鉢状の巣を作る。地上から見て、高枝の巣の造作が、暗く見える。

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