水母また骨を探してただよへり  岩淵喜代子

骨のないことを楽しんでいるかのような水母の漂うさまを「骨を探して」とは言い得て妙で面白い。水母をこのように捉えることが出来る作者はきっと骨のある人にちがいない。骨のない私などは、常々水母のように浮遊したいと思っている。が、この句にふれて、水母の見方が変わるかもしれない。

『穀象』は事物へ対しての岩淵さんの鋭利な視線の切り取り方が実に豊潤。「穀象に或る日母船のやうな影」「炬燵から行方不明となりにけり」「てのひらの雹は芯まで曇りゐる」(句集『穀象』より)

2018年2月号『門』   玲玲抄 筆者・鳥居真理子

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