2010年12月28日 のアーカイブ

「『暗室』のなかで」

2010年12月28日 火曜日

Aさんからの分厚い封書を開けたら「『暗室』のなかで」が出てきた。この本は吉行淳之介の小説『暗室』のモデルとされている大塚英子の書いたバクロ本的なもの。淳之介の死後まもなく出版された。

封筒から現れた本を手にしたとき、何?と思った。一瞬その表紙の淡いベージュ色が日に焼けたかのようにも思えたが、そうではない。保存状態のきわめてきれな本であるから、もともと、表紙はそんな日差しのような色をしているのだ。

「ににん」祝賀会の出席のハガキとともに入っていた手紙には、読んでも読まなくてもいいような、よくありそうな話であるというような事が書いてあった。突然18年ほどまえの、ドイツだったか、イタリアだったかのホテルの一室での会話へタイムスリップした。

俳人協会の一員として海外の俳人との交流のために出かけた時に、同室で過したA子さんが「『暗室』のなかで」という本が出たことを言い出したのだ。多分、その海外旅行の直前に吉行淳之介は亡くなって、まもなく大塚英子の本は出版されたのかとおもう。

そのとき、読んでみるわとか、読みたいわとか返事をしたのかもしれない。その会話の続きの時間がいま目の前にあるのだ。「ににん創刊10周年祝賀会」への案内状の返事とともに、書籍が同封してあったのだ。

私にとって、吉行淳之介を読むきっかけが芥川受賞作品を読むきっかけでもあった。『驟雨』が雑誌に掲載されたのは、丁度高校生のときであったからだ。Aさんが吉行淳之介を読むのも意外であったが、同時により親近感を持った。

その時以来、Aさんは折に触れて、私の動向を見守っていてくれた。私もAさんが大結社の主宰を継ぎ、それから退いた経緯などを見ながら、遠くから声を掛ける、といったくらいのお付き合いが続いていた。

句集『螢袋に灯をともす』が俳人協会の最終選には残らなかったが、選評を書いた人の文章には、次点の作品として挙げられていた。そうした細かいこともしっかりAさんは読んでいた。

その『『螢袋に灯をともす』が俳句四季大賞として受賞したときには、どうして声を掛けてくれなかったのよ、と残念そうに言った。わたしはA子さんのような大物俳人には当然案内状が行くはずだと思ったのである。

男の「含羞の人」は二人ほど知っているが、Aさんは私の知るなかでの唯一の女性の「含羞の人」である。

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