天山へ首振りながら馬肥ゆる   岩淵喜代子

2017年10月30日

「春耕」11月号 鑑賞「現代の俳句」  筆者・蟇目良雨

中国の西域に天山山脈が横たわっている。万年雪が地下に染みとおりカレーズとなり一帯の砂漠地帯に農業を齎している。秋の取り入れの喉に首を振りながら荷車を引いている馬なのであろうか、天山へ挨拶を交わしているように見えると想像できる。(ににん2017年秋号より)

あまりにも波打際を遍路行く    大牧広

2017年10月22日

作者は『砂の器」からの発想だと自解しているが、遍路の境涯が象徴されている。海辺をゆく厳しさ、寂しさ、危うさがひたすら海に添って歩いていく遍路を浮き彫りにしている。

他に
こんなにもさびしいと知る立泳ぎ
老人に前歩かれし日の盛り
吾のなき書斎思へば春夕焼け

「大牧広ーーシリーズ自句自Ⅱベスト100」より

避暑の宿椅子の形に身を添はせ   岩淵喜代子

2017年10月21日

「ランブル」10月号・現代俳句鑑賞 筆者今野好江

『俳句四季』八月号 「かくれ里」より
夏に都会の暑さを避けて海山に涼を求める〈避暑〉。このたびは貴人の住みそうな山里の館であろうか。宿の椅子は籐製のものかも知れない。

籐椅子あリタベはひとを想ふべし  安住  敦
籐椅子に沈みてうすき母の膝    古賀まり子

宿の椅子は磨かれてはいるものの自然の窪みはいかにもと諾う代物である。〈椅子の形に身を添はせ〉という起居の静けさに惹かれた一句である。同時掲載に(空蝉として遺るなら透けるなら)。

 

「太陽」10月号 「秀句の窓」 筆者・吉原文音

リラックスした体が椅子と同化している。心地よさや安堵感が滲んでいる。

青梅のなか暗闇と思ひけり   岩淵喜代子

2017年10月20日

「天為」10月号 現代俳句鑑賞  筆者米田清文

「俳句四季」8月号 かくれ里
梅雨に入る頃になると、梅の若葉がこんもり茂りその陰で実が丸々と太り、遠くからはわかりにくいが木の下に行くと葉がくれに累々と青い実が生っています。葉の色も梅の実も青く、一見すると区別がつかないときもあります。
掲句は青梅のなる茂った葉の中を「暗闇」といい、若葉の中の青梅の実の瑞々しさとその生命力を引き立ています。

萱かしら

2017年9月27日

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まさに水澄むの季節で、川の水がよく澄んでいる。鮎くらいの魚が群れて、時々水底の砂利に貼り付く。多分水苔を食べるのだろう。同じ川に端で小さな魚の群が、大きな魚とは決して交わろうとはせずに泳いでいる。

この川の土手に、この水澄むころになると、写真のような萱の類かなと思う丈高い草が茂って旅心を湧かせる。よく見かけそうな草なのだが、名前が判らない。そのうち、図書館で探してみようかと、思う。

今日から「ににん」の発送準備。

象花子欅は落葉つくしけり   下鉢清子

2017年9月13日

954(昭和29)年から井の頭自然文化園で飼育されていた象の花子は、昨年の5月に老衰で亡くなった。象はその大きさを愛され、その姿が愛され、花子と言う親しみやすい名前で愛されていた。(欅は落葉尽くしけり)にはそのすべて託されている。
「下鉢清子句集『貝母亭五百句』 2017年 ウエップ」より

苦瓜

2017年9月12日

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そろそろ終わりではないかな、と思っているのだが、翌朝になるとまた幾本かの苦瓜を見つけてしまう。夏の間は涼しい緑のカーテンなのだが、このごろはちょっと鬱陶しい感じになったので、そろそろかたずけてくれないかなーと思っている。

だれか呼ぶ薄墨色の霧の中   佐山苑子

2017年9月12日

ここには霧しか実体はない。いや霧という描きにくいものを怜悧に描き出した。薄墨色はまるで霧の陰影のようでもある。その奥から誰か呼んでいるのである。その声を聞いている作者と二人しかいないような世界が、シュールに描かれて美しい。

「佐山苑子句集『余音』 2017年  文学の森」より

歯を抜いて銀のさざなみ寄する冬   秦 夕美

2017年9月1日

秦 夕美さんの美意識、表現方法というものの冴えの集約された一句である。歯を抜いた後の道すがらの水辺の風景と取ることも出来る。それだけにはとどまらないで、歯を抜いたあとのざらざらとした感触が映像化されたものとしても、感覚的に共感できる。

現代俳句文庫 秦夕美句集 2917年  ふらんす堂より

口笛に枯野の真中ゆれはじむ   鈴木太郎

2017年8月30日

もともと、枯野は風の吹きやすいところである。口笛を吹きながら枯野を眺めていると、野が揺れているのに気がついたのだろう。その揺れを認めたことで、枯野がより鮮明に広がりを見せてくれる。口笛と枯野の取り合わせにより不思議な光景になった。

(鈴木太郎第五句集『花朝』  2017年   本阿弥書店)より

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