詩歌文学館賞授賞式

2018年5月26日

posuta-     句集『穀象が』が詩歌文学館賞を受賞したお知らせが3月8日に入ってから5月26日の授賞式まで、何がというのでもなく落ち着かない日々だった。

その選考委員のお三人ともご挨拶さえしたことがないような方々だったので、余計にこの賞の実感が薄くて、ただただこの26日を待つだけだった。

この賞を貰うことで改めてどんな方が受賞しているのかを見わたしてみたら、もう私にとっては伝説的な方たちばかりで、ほとんどのひとがすでにいないのである。

ところが詩人は?と見わたすと、なんと清水哲男さんが第一回の受賞者で、現在も健在な人だ。清水さんが北上は5月がいちばんいい季節だからおもいっきり楽しんできて、というメールを頂いて、そのつもりになって北上へ向かった。

北上の駅へ降り立ったら駅員が「北上文学館賞授賞式へようこそ」という横断幕を持って迎えてくれて吃驚。清水さんの言ったとおりに若葉の岩手はどこもかしこも緑一色、北上川沿いのホテルについて荷物を部屋においていざ詩歌文学館へ。
授賞式では井川博年さんや八木幹夫さんに出会った。「僕たち常任理事だからさ」と言った。とにかく心細い思いが少しずつ払拭された。

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気がついたら、新幹線に乗ったときから、われらは詩歌文学館賞参加のためのツアーだった。別紙の日程表は翌日の東京下車まで続く筈である。

詩歌文学館も広大な緑地の真ん中に建てられていて、屋外で歓迎の鬼剣舞舞が暫く続いた。何処を見わたしても緑一色の土地で、この授賞式に参加の一般の人はどこから来るのだろうか、と思っていたら、名前を呼ばれた。

現代俳句の会員で私の通信句会を受けているという花巻の方だった。授賞式での挨拶では、見たことのない「穀象」虫の話をした。その文字面に惹かれて見たい見たいと思っていた想いが造らせた句であること。

見ないで作った句は他にも(夜光虫の水をのばして見せにけり)(狐火のために鏡を据えにけり)がある。挨拶を終えて席に戻ったら、短歌の受賞者伊藤一彦さんが「見ないで作るって面白いね」と声をかけて下さった。

「すばる」6月号から

2018年5月10日

本当は句集「穀象」を作ってからずーっと拘っていたことがあった。それは、表題にした「穀象に或る日母船のやうな影」の句。ひとえに「に」という助詞だった。

穀象の影が母船のよう、と受け取られてしまう懸念だった。最後の校正の時にも立ち止まったのだ。句集にこの穀象の句の揮毫を頼まれたときにも、消せるペンでサインしておいた。

ふらんす堂さんが再版するという連絡を頂いたときにも、「穀象に」を「穀象へ」にしようかと躊躇しながらやはり踏みとどまった。私の中の音律からやはり原句でありたかったからである。しかしこの「すばる」6月号の詩歌文学館賞発表の記事で、高野ムツオさんの『穀象』選評を読んでやっと落ち着いた。

 岩淵喜代子には、万物の命の不思議さを、その不思議さのまま、さまざまな形で言葉に映し出して見せる力がある。

     穀象に或る日母船のやうな影

  本集の題名となった句だが、穀象という名のわずか数ミリの虫を見守る眼差しにも、それが感じられる。〈穀象の群を天より見るごとく〉は西東三鬼だが、ぞろぞろとのろのろと歩く無数の穀象が巨人の視線から俯瞰されている。穀象とは姿態が象に似ているから生まれた名である。象とは比べものにならない矮小な存在。しかも、人間の穀物を食い荒らす害虫として忌み嫌われる。三鬼は、その命運を冷厳に凝視している。救い難い衆正のうごめくさまを残らず捉える閻魔の眼である。虚無的な冷笑をさえ含んでいる。

  岩淵喜代子は、その穀象にも「母船のやうな影」が被さる日があるという。穀象一匹一匹が大海を漂う小さな船であるとするなら、それらを導く母なる船がやってくる日があるということだ。それは天の鳥船でもノアの方舟でもない。喩えるなら菩薩の化身であろう。火宅をを生きる穀象への作者の慈しみが引き寄せた影である。諧謔味が漂うが、それも慈愛から生まれたものである。(以下略、すばる6月号より)

高野ムツオさんの鑑賞は私のわだかまりを払拭させてくれた。作品は鑑賞者を得て完結することをしみじみ実感した日だった。

栃本関所跡

2018年5月4日

花まつり5

 

思いがけずにも、久しぶりに栃本まで車を走らせてくれる人がいた。埼玉も外れの栃本は15年くらい前までは、年に一度くらいは訪れていた。

秩父往還道のどん詰まり。現在はトンネルを通したので山梨県まで通りぬけられる。そのせいか、以前は何軒もあった民宿がなくなっていた。そうして、この村のこいのぼりが全部ひと処に集まって泳いでいた。

春は山菜を食べにゆき、秋には鹿の声を聞くために出かけた。鹿火屋の研修会を開いたこともあって、原裕先生とも二回ほど出かけた。川崎展宏先生と貂のお仲間ともバスを仕立てて昼食を食べに行った。
訪れるときには、必ず栃餅を搗いて貰った。DSC_0371

水母また骨を探してただよへり    岩淵喜代子

2018年4月19日

『遊牧」2018年4月号

ーー好句を探るーー筆者・清水伶

句集『穀象』より。掲句、 一読して、3 ・11の津波による死者の遺骨を探 しているという、未だに拭えきれない大きな哀しみを思 ってしまう。 「骨」とは人間のいのちと死がだきあって いる存在であるから、「骨」を探すという行為は、正に 「いのちを探す」という行為そのものなのである。

あまりにも辛い想いを書いてしまったが、素直な一句 一章で読めば、骨を持てないはずの水母が自分の「骨」 を探してはまた波間を漂っている、という少々メルヘン チックな見立てが独自である。

水母は肉体を抜け出てさまよう魂のように、純白で透 明であり、けがれなく清らかなことは、原始的、宇宙的 な雰囲気もある。 この素朴で律義な生命体の実感が、人 びとに生き死にの神秘を感じさせ、平明な書き方であり ながらも一句全体につめたく皓い光を放っている。 水母は以前よりも一層白く透明になって、深い海の間 を、永遠に自分の骨を探して彷徨っているのである。

忘れよと水母の海に手を濡らす   喜代子

ににん70号

2018年4月1日

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「ににん」70号も発送が済んで、ぼつぼつと届いたというお知らせも頂いた。ほっとしたところで、黒目川沿いを散歩をした。上げ潮時期なのか、川面一面の桜の花びら。そうしたら、もう四月になっていた。

なんという時の早さよ。

2018年2月号 「天為」 ~新刊見聞録

2018年3月27日

   筆者・渡部有紀子

岩淵喜代子句集『穀象』評
「ににん」代表の第六句集。平成29年ふらんす堂刊。栞に「群青」同人で西鶴研究者浅沼璞氏。
詩人の田中庸介氏。

 穀象に或る日母船のやうな影

句集名となったこの句のように、影に着目した作品が多く見受けられる。

 ぬきん出て鳥柄杓は影のごとし
 飴紙めて影の裸木影の塔
 蛇穴を出でて塔には塔の影

影を成すほどに輪郭のはっきりとした、形の確かなものに惹かれる心持ちの作者なのだろうか。

 みしみしと夕顔の花ひらきけり
 ハンカチを広げ古城の隠れけり

タベに開く薄い花弁に重量を与えて、その存在を堅固なものに転換している。遠景の古城を隠してしまうハンカチは、薄い布一枚であっても、読者の眼前を覆って存在感抜群である。 一方で、光を当てても影を淡くしか成さない硝子や水への興味は

 水母死して硝子のやうな水を吐く
 永き日や水にまぎるる鯉の群

のように、果たしてそこにあるのかと尋ねてしまいたくなるほどの存在の危うさを指摘した作品に仕上がっている。

 菱の実をたぐり寄せれば水も寄る

形あるものを引き寄せればついてくる形なきものの姿である。

このように、気を抜いて見ていては、周囲にまぎれて容易には捉えられないものの存在を意識しているのが、作者岩淵氏の句の世界である。先に挙げた影を成す確かな形あるものへの興味は、形の不確かなものの姿を捉えたいと希求した裏返しとさえ思えてくる。

句集の栞で浅沼瑛氏は、俗人と共に暮らし、表面は俗人と同様の生活を営みながら隠者として暮らすあり方を形容した言葉である「陸沈」を使って、句集中の作品にある自己と他者との距離感や、他者への醒めたまなざしを明らかにしている。

その観点をも併せて考えると、形の輪郭がはっきりと捉えきれないものへの関心は、陸沈する作者自身の姿への自虐も込めたまなざしとも言える。

 水着から手足の伸びてゐる午睡
 帰省して己が手足を弄ぶ
 セーターの背中柱に預けをり

自身については、その手足を詠んだ句が多い。輪郭を捉えることさえも難しいものに眼を凝らしてきた岩淵氏にとっては、自分で形を確かめることが身体の中で比較的容易な手足に関心が向くのは当然のことだったのだろう。

 尾のいつかなくなる婦叫の騒がしき
 月光の氷柱に手足生えにけり

今は長々とある蜥蜴の尾が時間とともに消失するように、今は確かにある自分の手足も、いつか無くなるのではと真剣に考えているのではないか。逆に、今はどこにも見えずとも、いつか氷柱に手足が生じてもおかしくないと本気で信じているのではないか。

 生きてゐるかぎりの手足山椒魚

岩淵氏にとつて手足とは、命の尽きる時までのかりそめのものだと言うのだろうか。

 くらやみのごとき猟夫とすれちがふ
 足音を消し猪鍋の座に着けり

他者の存在も自己の存在も、闇に紛れるように容易に消失し得るという感覚が底に通っている句集である。 

2018年3月号『栞』 ~俳書の棚

2018年3月26日

筆者・富田正吉

第6句集『穀象』岩淵喜代子(ふらんす堂)

見慣れたる枯野を今日も眺めけり
人類の吾もひとりやシャヮー浴ぶ
椎匂ふ闇の中より闇を見る
順番に泉の水を握りたる
花野から帰り机の位置ただす
踊の輪ときに解かれて海匂ふ
穀象に或る日母船のやうな影
水母また骨を探してただよへり
冬桜ときどき雲の繋がれり
青空の名残のやうな桐の花

岩淵喜代子は見巧者である.自分も他人も闇も風景も動物も植物も凝視している。
〈見慣れたる)は枯野に興を感じる俳人がいる。〈人類の)は透徹した自己を浮き彫りにして面白い。〈うきずりのえに
しがすべて親彎忌)には宗教観が窺える。〈椎匂ふ)は〈暗闇とつながる桜吹雪かな)と同様に暗闇派の面目がある。

(順番に〉は(麦秋や祈るともなく膝を折る)と共に鋭い身体感覚がある。〈花野から)は日常の些事を日記のように残している。〈踊の輪)は嗅覚の働きによる写生で場所が出ている。

〈踊手のいつか真顔となりにけり)も秀吟である。句集中最も光彩を放っているのは動物作品である。(穀象に〉の母船の卓抜な比喩、(水母また)の「骨」の人とのダブルイメージ、〈夜光虫の水をのばして見せにけり〉〈生きてゐるかぎりの手足山椒魚)はいずれも凝視の勝利と言ってょい。

〈冬桜〉も〈青空の〉も〈紅梅を青年として立たしめる〉も見巧者の面目躍如の作品ではないか。〈このごろは廊下の隅の竹夫人)の発見もさすがである。二六六句収録。

桜の開花

2018年3月25日

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金曜日に撮ったもの。今日あたりは5分咲きくらいになって、河原は花見客で埋まっているだろう。風もなく穏やかな日和だ。

桜の頃はなぜか忙しい。それなのに後先も考えないで、旅行の企画に次々に乗ってしまうのは桜のせいである。今月末の桜吟行から始まって、四月の初めの富山の蛍烏賊を見に、次の週は富士山の見えるところで桜見物。

あとは用心して健康を保っておかないと、5月は大事な旅が二つも控えている。その一つが、詩歌文学館賞の授賞式にいくこと。自分のことなのに自分のことではないような気分でふわふわしているうちに、北上の文学館から二日間の予定表も送られてきた。

授賞式の翌日は遠野へ案内していただけるようだ。遠野は懐かしい。まだ東JRの新幹線が走っていなころに、夜行で遠野に行ったことがある。原裕先生の案内だった。

2018年3月号「鷹」  ~本の栞

2018年3月25日

筆者・植苗子葉

岩淵喜代子句集『穀象』〈ふらんす堂 2017年11月 2700円)

作者は1936年生まれ。「鹿火屋」にて原裕、「貂」にて川崎展宏に師事し、2000年「ににん」創刊代表。本作は第六句集となる。
表題の「穀象」はごく小さな虫で、体に比して長い吻部を持つことからこの名がある。作者は巻頭に、

穀象に或る日母船のやうな影

の一句を置き、さらに表題句に採用した。
その心を次のように明かす。

知らなければその名を聞いて、体長三ミリしかない虫とは思わないかもしれません。その音律からも、字面からも、音語   りに現れてきそうな生き物が想像されます。米の害虫だという小さな虫に、穀象と名付けたことこそが俳味であり、俳諧です。(「あとがき」より)

確かに、この句集には俳味が溢れている。それは私が思うに、自由闊達な発想であり、想像であり、諧謔である。

水母また骨を探してただよへり

水母が骨を探しているという見立ての発想もさりながら、「また」の二文字を加えて物語性まで帯びさせたのが尋常ではない。一瞬でも骨を見つけたと思ったのか。切ない。

半分は日陰る地球梅を千す

季語と取り合わされているのは必ずしも新奇な発見ではない。むしろ当たり前じゃないかとさえ言われそうな事柄である。にもかかわらず、巨大な天体の運行とミクロな人の営みの配合はお互いを愛おしむべきものとして引き立てている。配合の発想の勝利といえないだろうか。

発想といえば、本作では収録句の約一割に「やう(な)と「ごと(く)といった直喩が使われている。藤田湘子が戒めたように、直喩の安易な使用には月並みか独りよがりに陥って失敗する危険がある。しかし、新鮮でしかも納得できるような直喩が強い印象の句を生むことも事実である。以下、本作から数句挙げてみる。

緑蔭の続きのやうな書庫に入る
葛の根を獣のごとく提げて来し
くらやみのごとき猟夫とすれちがふ

ひんやりした空気、立ち並ぶ高い書架。本のページを「葉」と数えることを考えに入れずとも、卓抜な喩えではないか。二句目は「獣」の一字が葛の茂る山の冷たい空気や、葛を提げる節張った指をイメージさせる。三句目は下五が比喩の鋭さと重さを増幅している。
そうかと思うと次のような軽やかなユーモアも見せる。

筆者とは吾のことなり青瓢
呆れてはまた見に戻る大氷柱
山楯子の実を盗み来て本棚に

青瓢との取り合わせや少し大仰な言い方に、照れくさそうな、あるいはいたずらつぽい作者の姿が見えて愉快だ。
この他にも、

放たれて桶に添ひたる大鯰
踊手のいつか真顔となりにけり
足音を消し猪鍋の座に着けり
音もなく西日は壁に届きけり

といった句に好感を持った。最後に、八十一歳の作者の高らかな宣言を紹介しよう。

曼珠沙華八方破れに生きるべし

守りに入るなよ、という叱咤とも取れようか。

2018年1月号「絵硝子」  ~現代俳句鑑賞

2018年3月25日

筆者・高平嘉幸

新米に赤子の匂ひありにけり   岩淵喜代子
みどり児の瞳大きく雁わたし
うつむいて幡蜂の声拾ひけリ
(俳壇10月号)

一句目「赤子の匂ひ」とは意表をつく。確かに赤子の匂いは初々しく格別である。新米の匂いも青々しく 新鮮である。作者は恐らくお孫さんでも授かってその喜び を詠ったのかも知れない。

二句日、この句は正に「みどり児」の誕生を謳歌している。「雁渡し」の季語が適切で、 みどり児の将来が幸あれと願っていると見た。三句日、 「蟻蜂」の鳴き声は、いかにも淋しい。その声を「うつむ いて」拾ったという作者の心情が手に取る様だ。小動物に 対する愛情が伝わってくる。

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