2017年1月24日 のアーカイブ

ににん 秋号 通巻六四号 季刊

2017年1月24日 火曜日

『好日』 2月号より、俳誌月評  筆者・須田眞里子

代表 岩淵喜代子。平成一二年岩淵喜代子が埼玉県で創刊。発行所朝霞市。「同人誌の気概」ということを追求している。

岩淵喜代子作品「余韻の水母」より
一碗の重湯水母のおもさあり
生涯は水母のごとく無口なり

ににん集
我が書架の有限なるや春の塵    木佐梨乃
星の夜の書架万物に見透かされ   木津直人
こほろぎの潜みし書架や方丈記   栗原良子
秘の文書しまふ地下書庫冷まじや  西方来人
書架奥のチャタレイ夫人火取虫   鈴木まさゑ

さざん集
抽斗に釦いつぱい盆の月      尾崎淳子
3Dメロンの網の小宇宙      鬼武孝江
くすり飲む時間となりぬ酔芙蓉   川村研治
揺れ戻す揺れ戻しては吾亦紅    兄部千達
輪郭の鯰となつて泥動く      高橋寛治
遠雷や古木の卓の台湾茶      谷原恵理子
先へ先へ影飛んでいく秋の蝶    浜田はるみ

木佐梨乃氏「英語版奥の細道を読む」、
高橋寛治氏「定型詩の不思議」、
正津勉氏「落丁愚伝」。
秀句鑑賞は岩淵喜代子代表
「ににん反芻」、浜田はるみ氏「十七音の宇宙」。

巻末の「雁の玉章」は、岩淵喜代子代表を含む四氏の個性豊かなエツセイ集である。

一日ただ子規忌に凭れゐたりけり    岩淵喜代子

2017年1月24日 火曜日

『天衣』2月号 現代俳句鑑賞
筆者・古田雅通

『俳句』十二月号(子規忌より)子規の忌日は九月十九日。子規は俳諧革新運動の中心となり、江戸期までの俳諧の発句を明治期に俳句として独立させた。日本の文学史上画期的な革新であった。それだけに子規忌は俳人にとって特別な日である。

「子規忌に凭れゐたりけり」との比喩表現により、子規忌があたかも堅固な柱のような存在として立ち現れる。作者はこの日、俳句の礎を築いた子規への思いを深め、俳句の原点を見つめたのであろう。「一日ただ」「ゐたりけり」との措辞からは、子規への敬意の深さが伝わってくる。
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『松の花』2月号 現代俳句管見
総合俳誌より    筆者・平田雄公子

白露の候、今年は敬老の日でもあった9月19日の、「子規忌」。没後百十余年の大先達に、「凭れ」る許り。

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『俳壇』2月号 俳句月評・12月号の作品  筆者・高橋博夫

(「俳句」12月号子規忌」21句より
正岡子規が三十四歳で亡くなったのは明治三十五年九月十九日。ときに病床での痛みに耐えかねて「号泣」した、その亡骸の傾きをなおすために肩に手をかけた母・八重は「サア、も一遍痛いというてお見」と強い調子で語りかけ、落涙したという。

彼の多方面の文芸上の業績は、若き日の喀血以降に短命を意識したことときりはなせない。「凭れる」には、そうした子規に寄せる親身な追慕がかよう。

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『獅林』2017年2月号 総合誌の秀句鑑賞   筆者・森 一心

『俳句』12月号 特別作品21句「子規忌」より
「子規忌」は、正岡子規の期日、9月19日。獺祭気、糸瓜気ともいう。子規は今更いうまでもないが、名は正岡常規。俳人・歌人で、我々が今日俳句を学べるのは、すべて子規が作り上げた道を歩けるからである。

別号は獺祭書屋主人、竹の里人。伊予(愛媛県)生まれ。日本新聞社に入り記者となる。俳諧を研究、雑誌「ホトトギス」に拠って写生俳句を首唱した。作者は、この日、一日中、子規のことのみ思い続け「凭れ」切ったのである。

海月また骨を探してただよへり   岩淵喜代子

2017年1月24日 火曜日

『岳』2016年12月 展望現代俳句』より  筆者・佐藤映二

「ににん」秋号より。「余韻の水母」と題して、23句すべて水母の季語を配した意欲に惹かれる。〈骨を探して〉から、どうしても東日本大震災の大津波に遭難した幾多の人を想起する。

5年半経った今でも、行方不明者の捜索が節目ごとに実行されている。無力感に幾度も押しつぶされながら、その片鱗もとの願いに寄り添う気持ちが(また)の措辞によって表されている。同時作「忘れよと水母の海に手を濡らす」も、今は何事もなかったかのような海に手を浸すことで、却って忘れ得ない現実に引きもどされる哀しさを表しているのである。

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