海月また骨を探してただよへり   岩淵喜代子

『岳』2016年12月 展望現代俳句』より  筆者・佐藤映二

「ににん」秋号より。「余韻の水母」と題して、23句すべて水母の季語を配した意欲に惹かれる。〈骨を探して〉から、どうしても東日本大震災の大津波に遭難した幾多の人を想起する。

5年半経った今でも、行方不明者の捜索が節目ごとに実行されている。無力感に幾度も押しつぶされながら、その片鱗もとの願いに寄り添う気持ちが(また)の措辞によって表されている。同時作「忘れよと水母の海に手を濡らす」も、今は何事もなかったかのような海に手を浸すことで、却って忘れ得ない現実に引きもどされる哀しさを表しているのである。

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