2014年7月11日 のアーカイブ

台風一過

2014年7月11日 金曜日

台風8号は鹿児島・和歌山と爪痕を残しながら東京周辺はあっさりやり過ごしてくれた。朝から気温が高く、この夏一番の暑さに感じられたが、それでも今日の予定には支障が起きないでよかった。

恩師が聴講せよというので日本出版クラブに出かけた。明治書院の方たちが事務局を受け持っているのは、教師だったころ国語参考書、あるいは国語の指導書などが手掛けていたときの繋がりなのだろう。それに、古い友人たちが世話人となっていた。勿論、そうした人たちも米寿を迎える師に近い年齢ではないかと思う。

そのなかの一人の家が日曜日の7チャンネル夜八時に放映されるという。明日の番組表をみると、「 日曜ビッグバラエティ「自慢の我が家へようこそ」とある。「日本のスゴイ家」としてーー豪邸&珍邸&狭小9軒(1)都内7坪三角ハウス(2)電車で暮らす家族・豪華ホテル風洋館VS露天風呂付き和風御殿 ほかーーとあるから、この中の豪邸の類のようだ。それに、以前某新聞の時評を受け持っていた人など多彩だ。

「さきもりを守る会」という団体の方も来ていた。「さきもり」って「防人」のこと。集まればいろんな人がいる。先生のお話は、今日も終戦前後のご自分の戦争体験、呉の海軍兵学校の学舎から眺めた原子爆弾の閃光のことから始まった。その茸雲をみたときも、どこかにマグネシュウムの工場があって、そこに爆弾が落されたのだろう、と思ったという。たしかに、それまで原子爆弾などというものの認識は世に無かったのだ。

開戦の意見は陸軍と海軍では一致していなかったという。海軍は二年以上の戦争が続いたときには自信が持てない、という予想だったが陸軍はそれを退けたらしい。それにしても、昭和の初めころに生れた人は、何故かお元気だ。この恩師同様、石鼎の麻布の家探索にお付き合いして下さった荒潤三さん、それから吉行淳之介文学館で出会った宮城まり子さん、みな同じ年代である。

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