中原道夫第十句集『天鼠』   2011年4月刊 沖積舎

作者還暦記念。

火を通したるものも冷めたる夜の櫻
蔵六の腹平らなり祭來る
まくなぎの夜はかたまつて寝ぬるかな
方舟を曳いていづくに涼みゆく
ごはごはのいちじくのはのゆうまぐれ
栗蟲の出るに出られぬ事情あり
抱きかかへ屏風を運ぶ湖国かな
初髪の空を率ゐてゆく迅さ
天鼠まで鳴くは嬶ぢやのをらぬ所為
風鈴の一藝つまらなくなりぬ
茶の花や寄つてけと言ふ寄らぬと言ふ

「天鼠」とは蝙蝠のことであることを初めて認識した。そういえば鼠と蝙蝠の顔は似ている。作者はその蝙蝠の説明をしながら、蝙蝠のような位置からこの世を眺めれば、常の世が常ならぬ世に見えてくる、と帯に書き記している。

中でも「抱きかかへ屏風を運ぶ湖国かな」の一句がことに印象に残っている。省略するものはすべて省略した大津絵のような達観の絵画。それがこの一集の隅々にまで行きわたった思想に思える。

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