春の地震14・ガソリンスタンド

友人の母親の葬儀のために夕べ我が家に押し寄せた娘一家と日帰り温泉に出かけた。仙台ではガスがまだ通らないので銭湯に通っている娘一家に並ばないで入れるお風呂で楽しんで貰おうとおもった。それだけではない、町のガソリンスタンドが夜も営業しているのも喜んでいた。日帰り温泉へ行く先々のガソリンスタンドが夜も煌々と灯をともして、人影もある。

仙台では出掛ける朝も8時から並んで、10時に開くスタンドを待って給油をしてきたという。こちらも昨日までは休んでいるスタンド゙ばかりだったと思うから、急にガソリン事情が豊かになったようだ。車の窓からスタンドを見付けるたびに「開いている、開いている」という歓声。こういう風景はどこかの国にも数年前にあったと思う。

朝食を食べて喪服で娘一家が出掛けたあと、しみじみ大勢とは活気を作るものだなーと実感した。電気釜のご飯があっという間に無くなった。いつものほんのわずかなご飯がいつまでも残っているのとは大違い。やはり、この活気がなければいけない。遠くの被災者も大切だが、その気分を何時までも日常に被せて置いては、なかなか復興の力も漲らない。

B子からの電話で、お悔やみを言いながら、「でも順繰りだから、私にもそういう日がいずれは来るから」というと、「そんなこと言わないでよ、お母さんと呼べる人が一人になってしまったんだから、しっかりして貰わなくちゃ」というのだった。そういえば、B子は高校生のころから私を「お母さん」と呼んでいた。

原発の被害はいろいろな問題を起している。流されもしないのに避難を強いられた人達はどんなに悔しいことだろう。

コメントをどうぞ

トップページ

ににんブログメニュー

HTML convert time: 0.202 sec. Powered by WordPress ME