八月の何んでもない日に赤飯炊く   忽那みさ子

確かに赤飯は何か祝い事のときに炊くものである。しかし、何もなくても炊くこともある。ふと、赤飯が食べたくなったり、片付けものをしていたら、もち米が出てきたり、小豆が出てきたりして。

しかし作者は何んでもない日に赤飯を炊いたことに拘っているのかもしれない。否、八月に赤飯を炊くなんて、、、と拘っているのかもしれない。

(忽那みさ子『どんぐり』 2016年 ウエップ)より。他に(どんぐりのあのねあのねとおちてくる)(イマジンの流れる松の手入れかな)(百歳の死や万両の黄色い実)など。

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