渡辺松男句集『隕石』  2013年10月  邑書林

作者は短歌で迢空賞受賞の作家である。
短詩形というのは想念が他人へ形状的に伝えられて完成なのだろう。そのことを、この一集で改めて納得した。
この作家の短歌に(ああ母はとつぜん消えてゆきたれど一生なんて青虫にもある)という中の「青虫にもある」の普遍的な事実によって読み手はさらにこの一首を深く納得することになる。

短歌作家が俳句を作ることに不思議はないが、やはり短歌人ならでは想念がいたるところに顔を出すが、それが映像的になるとき俳句が生まれるのではないかと思う。

牛の尻ぶろぶろとひるがすみかな
苜蓿に眉毛の太き獣医かな
手のとどくはんゐ遥けくかたつむり
松虫草ひとりのあとをひとりゆく
秋冷が汽車のかたちではこばるる
とほりすぐるものこそ秋の糸切歯

そうした中で、最終章近いところにある冬木を詠んだ句群が短歌と俳句とバランスを保った透明な詩心を展開していた。

大勢で死ぬゆめをみる冬木かな
冬木といふまつ赤な芯に出あひけり
遠くから枯木ちかづけば巨人

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