『なんぢや』2012年秋18号  代表・榎本享

近ごろ気になる一句より

句集「白雁」

重き荷は地を引きずりて天の川   岩淵喜代子
 天の川の下に広がるこの地は、土の匂いが強い地面だろう。工場の敷地であっても人家の庭先であってもよい。草が育って穂になり、虫の音が聞こえる土地にちがいない。担ぐには重すぎる荷箱を引きずって運ぶ。引っ掻いたような跡が長く尾を引く。天の川に見守られながら黙って働くひとの一瞬をとらえた、作者の眼差しがふんわりと温かい。    (榎本 享)

城山は風のかたまり迢空忌  岩淵喜代子
 希有な民俗学者にして國文學者の折口信夫は、歌人、詩人、小説家としても名高く、釋迢空と號した。國学院大学で折口信夫全集に出會えたのは私にとって僥倖だった。『古代研究』はインスピレーションの永遠の寶庫と言へる。俳人がなぜ誕辰ではなく忌日を詠みたがるのかは謎だが、この句には、折口學の恩恵に浴したやうな爽籟を感じる。      (土岐光一) 

ふところに入らぬものに仏手柑
   岩淵喜代子
 おおげさな句ではない。読み終えて間をおいて「そりゃそうだ」とうなずくような面白さとでも言うか。『白雁』には静かな目で捕らえた句が多く、掲出句はそうした中にあって作者の一面を見せてくれる。〈瓢箪の端に並べば楽天家〉もユーモアたっぷりで読み手を飽きさせない。静かな言葉で綴られた句集だった。    (鈴木不意)

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