『澤』2012年10月号 主宰・小澤實

窓   俳句ホームページを読む

「ににん」  筆者 野渾 雄

 「ににん」は岩淵喜代子氏を中心に活動する俳句同人でホームページのタイトルも同じ「ににん」。ににんの目指す俳句は「俳句の俳とは、非日常です。日常の中で、もうひとつの日常をつくることです。俳句を諧謔とか滑稽など狭く解釈しないで、写実だとか切れ字だとか細かいことに終わらないで、もっと俳句の醸し出す香りを楽しんでみませんか。」幅広く、ゆったりとした楽しげな俳句のイメージを持っているのであろうか。
 岩淵喜代子氏は現在、俳人協会会員、日本ペンクラブ会員、日本文藝家協会会員、世界俳句協会会員で、著作には第一句集『朝の椅子』、第一回俳句四季賞を受賞した第二句集『螢袋に灯をともす』、第三句集『硝子の仲間』、第四句集『嘘のやう影のやう』、第十一回文学の森優良賞を受賞した恋の句愛の句『かたはらに』、現代俳句文庫『岩淵喜代子句集』、俳詩集『淡彩望』、連句集『鼎』など。そのほか、埼玉文芸賞を受賞した評伝『頂上の石鼎』がある。
 さっそくホームページを見てみよう。同人誌におけるホームベージの最大の役割はなんと言ってもその本体である「俳句雑誌」の紹介にある。確かに結社の宣伝をしていても肝心の「雑誌」の内容が何年も前の内容から更新されていないと「果たしてこの同人(あるいは結社)はまともに活動しているのだろうか」と心配になってしまい宣伝とは真逆の効果を与えてしまいそうな所が多い中、最新号の目次があると言うことはとても安心感がある。
 なお、「ににん」は四月(春号)、七月(夏号)、十月(秋呼)、一月(冬号) の季刊ペースの発行のようだ。目次の他にも編集後記、同人の記事掲載やお知らせなども掲載されており、活動の息吹が感じられるところが好ましく感じられる。
 また「ににん」ではホームページから投句の受付もしているが雑詠ではなく兼題、現在は【新企画】投稿俳句・火と灯の歳時記と銘打って火の季語、灯の季語を詠んだ作品を募集している。
 結社誌や同人誌を読む場合、この結社や同人にはどんな人が参加しているのか、割と気になるたちなのだがこのホームページからは「ににん」に参加している同人たちのブログなどへのリンクが張られている。清水哲男氏の「増殖する俳句歳時記」、詩人の正津勉氏の「正津勉のゼミ」、同人の作った句集の紹介など興味は尽きない。
 さて、岩淵喜代子氏の俳句。プロフィールに氏の第二から第四句集に掲載された作品の抜粋が掲載されているので鑑賞してみることにする。
 氏を―言で表すと「週刊俳句」の平成二十年五月十一日付けに掲載された中西夕紀氏の表現を借りるならば「寡黙な無頼派」であるそうだ。またパソコンの扱いに堪能らしく、これはホームページを見た印象からも窺える。

蝙蝠やうしろの正面おもひだす
端居して帰りゆき処のなきごとし
空也忌の闇が動いてくるやうな
逢ひたくて螢袋に灯をともす

 これらは第二句集『螢袋に灯をともす』に掲載された句であるが時間と空間と感覚、あるいは感情の動きが一連の流れを持って表現された、と言ったらよいのであろうか、自分の語彙の貧しさと感性の鈍さにもどかしさを覚えてしまうが、ふいに意味もなく中原中也の詩を連想させられてしまう作品である。

ストーブに貌が崩れていくやうな
穂薄も父性も痒くてならぬなり
雛流す水を選んでゐたりけり
緑蔭を大きな部屋として使ふ
空蝉も硝子の仲間に加へけり
生きること死ぬことそれより練群来

 第三句集『硝子の仲間』の中の作品はシュールレアリズムというのであろうか、非常に身近な題材も何故か現実という枠を超えた作品として成立していることに違和感よりも親近感を覚えることが不思議だ。まるで、ダリやマグリットの絵画を連想させられる。
 私は残念ながら普段の岩淵喜代子氏の様子を知ることがないため、本当は陽気でおしゃべりな方だと申し訳ないがやはり、作品を読ませて頂いた限りでは「寡黙な無頼派」言い得て妙である。

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