春満月水が流れてゆくやうな
くちなしの一重の雨となりにけり
蓮の実の飛ぶよ火星の近づけり
猫が水飲みに来てゐる薔薇の園
ひとりづつみんな消えたる花野かな
ひとしきり雪の匂へる雛かな
拾はれて涼しき貝となりにけり
句集名「新居」は作者の出生地の旧地名だという。この旧地名を日表に出したところに、すでに作者の寄せる想いがある。俳句もまた、詠み手が視線を定めたとき、そのことが作者の想いを現わすものになるのだろう。それは絵画でも写真でも同じである。春満月のもとの水、雨の中のくちなしの花へ、蓮の実の飛ぶ彼方へ想いを馳せたときに作品となる。