俳書紹介 筆者 二宮英子
『白雁』岩淵喜代子
『白雁』は二〇〇八年に上梓した『嘘のやう影のやう』に次ぐ第五句集で三〇八句を収録する。
句集の名の『白雁』は、《万の鳥帰り一羽の白雁も》から採る。
夜が来て煽蛸はみな楽しさう
蝙蝠の飛び交うさまを楽しそうだと受止めた句。蝙蝠のスピードを感じる大胆な句。
晩年は今かもしれず牛蛙
さらりと真実を言い遂げられていて、どきっとする句。晩年は確かにもう来ているのかもしれない。
サングラス独りごころを育てをり
サングラスをかけると世間と距離が広がる感じがする時もある。繭に籠るような心地かもしれない。「独りごころを育てをり」心の中を言われて粋だと思う。
昼も夜もあらずわれから鳴くときは
「われから」は正体不明の生物。例句を見たことがない季語である。昼も夜も鳴く「われから」に今の気持ちを重ねあわせてみた。俳句の可能性を広げてみせてくれた感じがした。
盆踊り人に生まれて手を叩く
人として生まれたからこそ、盆踊りの輪の中に入り手をたたいているのだ。切なくてうれしい。
神棚は板一枚や法師蝉
神棚は板一枚と見届けられたところが、この句のポイントであろう。法師蝉が鳴き始める朝夕には秋の気配が濃くなる。家の内に居て聞く秋の蝉である。
地獄とは柘榴の中のやうなもの
「地獄」と「柘榴」との果てのない離れようが見事である。美しい転進とも受け止めた。
作者はあとがきでこう書いている。「書くことは《生きざま》を書き残すことだと錯覚してしまいそうですが、等身大の自分を後追いしても仕方ありません。句集作りは今の自分を抜け出すための手段のような気もしてきました」。改めて俳句の深さや幅の広さを実感する句集であ
った。
尾があれば尾も揺れをらむ半仙戯
幻をかたちにすれば白魚に
登山靴命二つのごと置かれ
鳥は鳥同士で群るる白夜かな
風呂吹を風の色ともおもひをり