2012年9月 のアーカイブ

『汀』2012年9月  主宰・井上弘美

2012年9月2日 日曜日

今月出合った句集       筆者松野秀雄

『白雁』 岩淵喜代子句集
      (平成二四年四月角川書店刊)

 帯文を書いているのは詩人の清水哲男氏。「万の人間の一人として万の鳥の一羽を詠む。等身大の人生から、ユーモアの歩幅とペーソスの歩速で抜け出してはまた、岩淵喜代子は地上の船に還ってくる」本句集の心髄を言いとめる。冒頭句。

  初夏や虹色放つ貝釦

 『白雁』は作者にとっての第五句集。三〇八句を収める。前句集刊行後の平成二〇年以後の制作句と思われる。
 夏から季節順に春までの構成。

  水無月の平手にあたる馬の胴
  夜が来て蝙蝠はみな楽しさう
  今生の螢は声を持たざりし
  鳥は鳥同士で群るる白夜かな
  神棚は板一枚や法師蝉

 たまたまたがすべてに動物が登場し、句を生きいきさせている。作者の俳句は多様、多彩であり、作句に制約がなく自由である。
 作者の私はもうひとつの「私」を持っているかのようだ。その「私」は好きな時空に好きなだけ好きな場所を渉猟する。私は「私」と対話しながら、俳句という生き物を生む。

  梟に隣をいつも空けておく
  葉牡丹として大阪を記憶せり
  狼の闇の見えくる書庫の冷え
 火のなかに火の渦濃くて雛祭
 十二使徒のあとに加はれ葱坊主

 私か出合えていないと感じたとき、作者は自らの孤の浮遊の痕跡に他人が近づくことを許さなかったのだ。「私」の浮遊に他人は無用、である。
 昭和十一年東京生まれ。昭和五一年「鹿火屋」入会、原俗に師事。後に川崎展宏主宰の「貂」の創刊に参加。平成十二年同人誌「ににん」創刊。現在「ににん」代表。日本文農家協会、日本ペンクラブ、俳人協会、現代俳句協会、国際俳句協会各会員。 俳歴からも多彩にして個性的な俳句の源が知れる。

 月光の届かぬ部屋に寝まるなり
 風呂吹を風の色ともおもひをり
 飛花落花地上に橋の掛りをり

 伝統的な格調の高さを基調とした句。
 こうした句を踏まえつつ、あとがきで作者は「書くことは生きざまを書き残すことだと錯覚してしまいそうですが、等身大の自分を後追いしても仕方がない」、「句集作りは、今の自分を抜け出すための手段のような気」がしてきた、と言う。

 自薦十二句の筆頭に置かれた句。
  尾があれば尾も揺れをらむ半仙戯

 句集名を取った句。
 万の鳥帰り一羽の自雁も

 いずれも味わい深い佳句だと思う。 ここに至ってなお、作者は語る。 坪内稔典氏が河馬を訪ねたように「自身を変える旅」「憧れを追う旅をしたい」。

『風の道』2012年9月  主宰・大高霧海

2012年9月2日 日曜日

句集『白雁 』  紹介

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