一句はひとえに「雪やろか」の関西弁が、臨場感を出している。句集『浪華』はすべて句集の題名通り大阪弁で詠まれている。掲出の句は標準的な言い方なら(雪なるや)とかいうのかもしれないが、ここでの大阪弁は簡潔さを呼び出している。そのうえで、作者の姿も、その語音から自ずと伝わってきて効果的な言葉になっている。ほかに、(縄跳びこぐれば蒼き浜辺かな)( なんせこの命ひとつや芋の粥)( 心やすい神さんもおり初詣)矢上新八句集『浪華』2015年 書肆麒麟
岩淵喜代子
一句はひとえに「雪やろか」の関西弁が、臨場感を出している。句集『浪華』はすべて句集の題名通り大阪弁で詠まれている。掲出の句は標準的な言い方なら(雪なるや)とかいうのかもしれないが、ここでの大阪弁は簡潔さを呼び出している。そのうえで、作者の姿も、その語音から自ずと伝わってきて効果的な言葉になっている。ほかに、(縄跳びこぐれば蒼き浜辺かな)( なんせこの命ひとつや芋の粥)( 心やすい神さんもおり初詣)矢上新八句集『浪華』2015年 書肆麒麟
岩淵喜代子
ににん60号の発送完了。クロネコ便制度が無くなったので、困ったなーと思っていたら、それに代わるユーメール便制度が生まれた。年間1200冊以上なら受け付けてもらえるのでほっとした。今までと同じように郵便局から貰ったシールと宛名を貼っておけば、いつでも集配にきてくれる。
郵送料もクロネコのときと変わらない。厚みのあるときはむしろユーメルのほうが安い。おかげで、今年も最後の雑誌を無事発行して創刊15周年となる。あとは今月末のホテルハイアット リーイジンシーでの祝賀会で締めくくることになる。その日はちょうどハロウインの日だ。
お天気に誘われて、遠出の買い物をして家路を辿ると、笛や太鼓の音でお祭りみたいな音。そうだ我が家の真ん前にある家が獅子舞の保存をしている家。毎年春と秋にそこから出発して氷川神社で奉納舞をしてまたもとの家に戻ってくる。その戻り道で出会ったのだ。写真に収めてみたが、なんだか人数が少ない。ここでも、後継ぎがいなくなっているのかもしれない。
印刷所に再校の「ににん」ゲラも送って、毎回ながらちょっと開放感を味わっているひと時である。私にとってほんとうに楽しませてくれる雑誌である。それだけではない。この「ににん」という広場があるお蔭で、大いに手足を伸ばして遊ぶことが出来る。
「ににん」がなかったら、例えば大冊の評伝『頂上の石鼎』など書けなかっただろう。ましてやその次の『二冊の鹿火屋』など書く気力が出なかっただろう。場を得る、ということはこういうことなのだ、と改めて思うのである。一号ごとの成果は微々たるものだが、振り返った時に積み重ねた月日の厚みが見える。これが同人誌の同人誌たる所以ではないかと思っている。
今年も約束のように曼珠沙華が咲いた。このシルバーウイークの間にお墓参りに行ってこようと思っている。
10日の午後3時ごろ、鬼怒川氾濫は茨城県常総市あたり。ににんにも鬼怒川に近いところの会員もいるので、気になっていたが、どちらも無事ということ。しかし、Tさんのところの実家が床上浸水したとかで、月曜日の句会は欠席。
宮城県では、11日の午前2時ごろ富谷町の竹林川が堤防を越えて氾濫した。ほかにも、 隣の大和町では吉田川が増水して堤防を越え、大崎市を流れる渋井川の堤防が決壊したらしい。土地勘がないので、どのあたりなのかよくわからないがとにかく、記録しておこう。
娘一家が仙台にいるので、心配してくださる方もいるのだが、高台に住んでいるので、水に関してだけは心配がない。
昨日は虹が出たことに喜んでいたが、東武腺のせんげん台駅前を膝まで水に浸かって往き来している人がテレビに映しだされた。せんげん台の駅には虫送りの行事をみるために何回も降り立ったことがあるので、びっくりしていた。
それが、夕方外出から帰ったら、鬼怒川の堤防が決壊したニュースが映しだされていた。河川の決壊は地震の津波よりも瞬間的な現象なのではないだろうか。たしかに昨日から決壊水域を越えた箇所が放送されてはいたが。河川の氾濫とか決壊なんて歴史小説の中でしか無いような気になっていた。七月末には鬼怒川に宿をとって東照宮を巡ってきたばかりである。
60号ってあっさり言えばそれまでのことなのだが、15年の月日が経っているのである。15年なんて、我ながら頑張ったなーと思うのである。10月31日(土)にはごくごく内輪の15周年祝賀会を行う。会場はハイアットリージェンシー東京、5周年を行った旧センチュリーハイアット東京である。
おおきなホテルだから、大きな会でも可能なのだが、今年は私が思いがけなくも「二冊の鹿火屋」で評論賞などを頂いて、既に何回も多くの方にお祝いの会をして頂いているので、もう15周年も済んだような気分がある。それで、むしろ、日ごろ顔を合わせることのない会員同志の親交、そして、「ににん」を長い年月購読している方たちにお礼を込めた会にしようと思うのである。
そのパーテイの写真などもグラビアに組んで、来年1月に発行する61号は15周年記念特集号になる。15周年については、すでに俳句四季9月号の「今月のハイライト」に紹介されている。
こんなに猛暑続きの夏があっただろうか。
そんな毎日でも、とりあえずは滞りもなく予定はこなして、日々は過ぎていった。会で出会った句友に「それでも、立秋になると、不思議に違う風が吹くんですよね」というと、「そうそう」と大きく頷いた。
案の定、立秋を過ぎると日に日に風の気配が変わっていった。ときには窓を開け放って朝食の卓につくことができるようになった。そのなかでも今日が一番涼しい風の吹く朝となった。この季節の推移を感じるときほど嬉しいことはない。今朝はことに、必ずやってきてくれる親友のような懐かしさを実感している。
安保法案の中身については、脇に置いといても、あの泥沼化した議決の方法は本当に採決したとは言えない。暴力としか言えない採決である。
12日に熊谷の文化センターで講演をした金子兜太氏は「自分は95歳、今の自分に残されているのは、戦争体験を語ることだと思っている、と発言した。現在の政治家で戦争を知っているものは皆無だ」とも言った。
どうか、再び戦火の東京なんてことのないように。そうして、家族が戦場に行かなけれならないなんていう事態が起きないように、とただそれだけを祈っている。
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