花冷えの文焼きて身の透くごとし   藤木倶子

今はシュレダーというもがあるが、手紙の類は焼いて処分することも多い。焼かなければならい手紙というふうに捉えると、何やら重々しい気分になるが、あながちそうではないのだろう。溜り過ぎた手紙の類を整理することは、よくあることだ。文殻の火が透きとったと発見するとき、あるいはそういう表現をえらぶとき、作者自身が透き通っていくように感じたのだ。燃えさかる火そのものが透きとおってゆくことと作者が一枚になっている。、

(藤木倶子句集『無礙の空』 2016年 東奥日報社)から。他に(ねん淋代や枯れはまなすと日を領ち)( 飛べさうな風湧く葦の枯れにけり)( 枯るる中己が足音に怯えをり)( 蓮の実を噛んで小暗き森見をり)など。

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