『澤』2013年10月号

「窓」俳書を読む      筆者 田沼和美

岩淵喜代子句集『白雁』

 岩淵喜代子さんは一九三六年東京生まれ。一九七六年「鹿火屋」入会、原裕に師事。後に川崎展宏主宰の「詔」創刊に参加。二〇〇〇年同人誌「ににん」創刊。

  或る蟻は金欄緞子曳きゆけり

 金欄緞子という言葉は「金欄緞子の帯しめながら」という歌詞でしか聞いたことがなかった。「キンラン」「ドンス」という響きからしてもう素晴らしく豪華そうだ。
 蟻が運ぶのは昆虫の残骸。ところが、その中の一匹が「金欄緞子」を運んでいる。揚羽蝶や玉虫のような、きらびやかな残骸。残酷な美しさだ。

  地中には蟻の楼閣障子貼る

 蟻の句をもう一つ。地中にはきっと見事な蟻の巣があって、それを「楼閣」と表現しているところがツボ。蟻も冬の備えをして楼閣を万全に整えているのだ、と想像する。

  独りづつ雛に顔を見せにけり

 楽しくてちょっと不気味。客が一人一人雛人形に近づいては顔を眺めるのだが、それはまるで人形に顔を見せているかのよう。人形と人間が顔をつき合わせる。人形だと思うからぶしつけに顔を見つめるが、逆に人形にも見られている、と思うと楽しい句が不気味な句に思えてくる。

  花冷えや裏返しても魚の顔

 これも面白不気味な感じを受けた。哺乳類は正面に顔があって、裏返せば後頭部だ。しかし、魚は裏返したらまた顔があるのだ。たしかにそう。魚は横顔しかないから。

  月光の仔猫は凪め尽されてをり

 親猫が仔猫をすみずみまで砥めてきれいにする。親が面倒を見ているくらいの幼く可憐な仔猫だ。月光を浴びてますます可憐。ところで、猫に月が似合うことといったら。

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