綾取りの橋を手渡す鳥の恋   岩淵喜代子

『斧』主宰・はりまだいすけ

現代俳句評  筆者・大久保和恵

『俳壇』鳥の恋 より
綾取りも毬突きも見かけなくなった。綾取りよりもスマホのゲーム、毬突きよリサッカーだろうか。男女の差がなくなっていると言える。

それが悪いとは一概には言えないのだが、遊びに情緒がなくなっているのは確かである。 さてこの句、「手渡す」とは何と優しい表現であろうか。

しかし、綾取りとはまさに指で作った糸の橋や川を「手渡す」ことである。この措辞によって嫋やかな空間―女の子達が醸し出す香やとりどりの色彩―が眼前に現れ、囀りの空の下で流れて行く幸せな時を共有している童たちの静かな息遣いが聞こえてくる。

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