冬芽固し癇癪の子が道に寝て   市村栄理

冬芽というとき、すでに寒さを感じる季語なのだが、(固し)によってまだまだ春には遠い季節も提示されている。しかし、この句はその春遠いことを述べているのではない。思い通りにならない子供の反抗する姿、それに空の中に凛と在る冬芽の存在、それが、命の躍動する光景として繰り広げられているのだ。

他に(銀杏散る皿割る音も混ざりけり)(胎動のごとき水音朝桜)(少年の手足が余り泳ぐかな)などにも、生き生きとした命が描かれている。(岩淵喜代子)   市村栄理句集『冬銀河』 2015年9月  本阿弥書店より

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