吉行淳之介文学館

ねむの木学園にあるクレーの絵を見に出掛けた。
ねむの木学園、文学館、美術館は、同じ敷地内にあるのかと思ったら、それぞれがかなりな空間を持って独立していたので、建物から建物へ行くためには五分ほど歩かなければいけない。

バスの終点にある美術館は、その先には住む人がいないような山腹。.
バスを降りたところで、いきなりホトトギスの声をあびて、しばらく木立を眺めていた。学園の生徒の絵は、写生とも抽象とも違う、模様の連続のようなタッチの風景画で、色彩のきれいな絵だった。

本命のクレーの絵は吉行淳之介文学館にあった。美術館の童画のような佇まいとは違った純日本的な建物、宮城まり子との住居に使用していたのかと思ったが、そうではないらしい。一通り見たあと、まだ時間があったので、和室の方にも行っていいのかと訊いたら、休憩できますからどうぞ、と言われた。

びっくり、そこに入ったら宮城まり子さんが和服姿でソフアーに座っていらしたのだ。隣にいたのは編集者らしい。それにしてもお顔は輝くような張りのある表情で、他に見学者もいなかったので、私と友人で反対側のソフアーを陣取ってしばらくお話を伺っていた。

その間、何度も「淳ちゃんが・・」という言葉を聞いた。そのあと茶をどうぞと茶室に招かれ、どこへ行くんだろうと思ったら、文学館の続きに茶室があったのだ。お茶を立てる男性も、お菓子を運んでくる男性もねむの木学園の生徒のようだ。

あとで、きいたのだが吉行淳之介には小さい頃に出会っているとのこと。長じてから、芥川受賞作品「驟雨」も読んで、最後のシーンで青い葉が地上に散っていたのが印象に残っていると、画家らしい視線を口にした。そう、お茶を点ててくれた男性(ほんめつとむ)と、お運びをしてくれている男性(ほんめとしみつ)の絵,美術館にはたくさんあった。

枇杷を模った練り菓子も、お薄加減も美味しくて、思いがけない至福を頂いた感じだった。つい最近、週刊誌に美智子妃殿下と対面していた宮城まり子さんの写真を拝見したが、その写真には車椅子が傍らにあったので移動するのは介添えが必要なのだ。

随分ゆっくりさせて貰った。茶室からまり子さんの介添えを編集者と担って、休憩室に送ってからバス停に出た。待っているうちに先ほどのお茶を点ててくれた男性が、「おかあさんへ」という宮城まり子さんとの書簡集の本をわたしたちに持ってきてくれた。この施設が一生のよりどころなのだと思うが、めぐまれた人たちである。

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