好句を探る 筆者清水 伶
万緑の隙間のごとし黒衣着て 岩淵喜代子
「俳句四季」九月号巻頭句より。句集『白雁』をこの四月に上梓され、代表をされている同人誌「ににん」のブログ上でもその評価が高く、各誌からの転載が華やかである。
揚句、爽やかな緑溢るる明るい日射しの中で、黒衣を纏ったときの自分の存在感、あるいは今自分の居るこの場所を「万緑の隙間」のようだと思う感覚。生命力の漲る万緑の自然界、それに対し「黒衣」に象徴される死は、われわれの思考や行為が生み出す世界とは全く懸け離れた世界である。私たちは死へ向かって何事を企むことも図ることもできないが、実は、この生もまた企みようがないのである。いまは、私たちはただこの生命を満たして、多くの魂へ供養を張るしかない。
万緑の隙間の暗がり、万緑の下の暗がりに展ける時空は、このような予兆に満ちたものであることに違いない。私たちは、あの震災以来、こころに深い悼みを抱えてしまった。この地上の生命は絶えず変化を続けているのに、その中で私たち人間の考え、思想だけが、停滞し澱んでいる。