遠交近交 筆者 塩野谷 仁
万の鳥帰り一羽の白雁も 岩淵喜代子
『白雁』(角川平成俳句叢書38)は氏の第五句集。308句を収める。句集名は掲句から採ったとあとがきにある。「一羽の白雁」のあざやかな残影が心に沁みる。このこと、清水哲男氏が帯文でこう語っていた。「万の人間の一人として万の鳥の一羽を詠む。等身大の人生から、ユーモアの歩幅とペーソスの歩速で抜け出してはまた、岩淵喜代子は地上の船に還ってくる。」
作者の句作の全容を語ることばでもある。
化けるなら泰山木の花の中
螢から螢こぼるるときもあり
折鶴に息を吹き込む夏休
鬼の子や昼とは夜を待つ時間
まるごとがいのちなのかも海鼠とは
作者の「あとがき」が心を打つ。「書くことは(生きざま)を書き残すことだと錯覚してしまいそうですが、等身大の自分を後追いしても仕方がありません。句集作りは今の自分を抜け出すための手段」だと記していた。留めて置きたい言葉でもある。そんな作者の、句集の後半から共鳴作のいくつか。
幻をかたちにすれば白魚に
雲雀には穴のやうなる潦
青空の雲雀は海へゆきたがらず