角川『俳句』2012年7月号

今月の10句       山口優夢

     紫陽花に嗚呼と赤子の立ち上がる    岩淵喜代子
                               (句集『自雁』より)
 〈紫陽花〉の「あ」、〈嗚呼〉の「あ」、〈赤子〉の「あ」、〈上がる〉の「あ」。頭韻がすっきりした印象を句にもたらしている。さらに〈嗚呼〉の漢字表記。「ああ」でも「アー」でも「ああ」でもない。〈嗚呼〉は赤ちゃんの単なる発声というよりは、まるで嘆息のような印象を与える。しかしここに表れているのは赤子の心情ではない。しっとりと雨を含んだような沈潜した色合いの紫陽花を前にして、意思疎通をはかる言葉をまだ持
たない赤子の声を〈嗚呼〉という形で聞き止めてしまうところには、作者自身の鈍い悲しみのような心境の反映があるだろう。そして赤子の〈立ち上がる〉行為がそんな嘆きを打ち破る力強さを期待させるのだ。

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