帰宅避難民

一昨日の台風12号は各地に爪あとを残したが関東地方はあっさり通り過ぎていった。12号の予報が夕方から関東地方ということは知っていたので、予定の時間を早めて銀座へ出掛けた。文も書も人なりというが、絵画も人なりである。画廊に入ると涼風が吹いているような草花の絵画。訴える絵というものもあるが、訴えない絵というのはいい。淡々と野にある草花を自分の胸中に植え替えるかのような絵を堪能してきた。

画廊を出たのは4時半ごろだっただろうか。居合わせた3人で地下鉄に急いだ。私は有楽町線で真直ぐかえれるので少々の台風は影響しないと思っていたが、意外や、池袋で電車が止まってしまった。勿論乗車するときに東上線は運転取りやめの情報は流れていた。何時動くとも分からないので取りあえず駅を出て池袋の地下道でウインドショッピングをしていたが、電車の動く気配はなかった。

どのくらい強い台風なのか見るために地上に出た。出口の向きによって強さも異なるかもしれないが、驚くような勢いはない。それても風をついて往来まで出た人たちの傘が一様に反り返ってしまっていた。連れでも居れば食事でもしながらやり過ごしてもよかったが、一人で夜の町で食事をする気にもならない。一時間くらいは地下街をうろうろして過したが、もう草臥れてきた。駅の階段に新聞紙を敷いて腰を降ろしていた。みんなそうしていた。

水も多少の食料も用意したのでとにかく待つことにした。家人には事情を電話して大勢の人が避難民になっているから心配ないでと伝えた。交通機関が動いたとしても真夜中だろうなーと覚悟していた。JRも地下鉄もすべての交通機関が止ってしまったのである。20年くらい前にローマへ向かっていた飛行機がストライキで、ミラノで降ろされてしまったことを思い出した。

今回もそれほど緊迫感をもたなかったが、あのときはもっと緊迫感がなかったのは、自分で処理する術が全くない状況で任せるしかないからだった。何時間くらい待っただろうか。当時ミラノの飛行場はガランとした市場みたいな建物だった。もちろん自販機さえなく飲まず食わずのまま飛行場のベンチのような椅子に待っていた。

そのうち東上線の改札近くに居た人が中へ入り始めたので、私も急いで改札を潜った。電車を運転する旨の放送も流されていた。帰れない人達がたくさんいる割には駅は混雑していない。多分連れのいる人達は食事でもしながら台風をやり過ごしている時間帯だったのだろう。家路を辿る頃には台風は通り過ぎていて雨も止んでいた。まてば椎が一面に散っていてた。

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