作者は現在ご病気のようである。その状況から「円錐」の澤氏を中心に基金を募って、糸氏の句集を出版した。これは糸大八氏の作品を埋もれさせたくないという気持ちを形にしたものと受け止められる。
板の間の軋む九月にさしかかり
絵蝋燭点してゐたる鯨かな
戸板一枚担ぎ出したる桃月夜
木枯しとまがふ真赤な包装紙
玉乗りの象をはるかに稲穂波
つちふるや畳んでありし飛行服
口に歯の無きは怖ろし蝉の穴
雨傘を差して胡桃の木に集ふ
蓮根を掘りたる他はみなまぼろし
濁流を見て来て薄き敷布団
海底を電車が走る青葡萄
敗蓮に金の喇叭が吊しあり
桐の葉の落ち尽したる能衣装
狼の絶えたる国の鏡拭く
句は大方が日常のどこかを偶発的に切り取ったようにも思える。しかし、どの作品も日常が異次元へと運ばれてゆく内容である。