一週間前の雪が消えないうちにまた雪予報。埼玉文学館に応募俳句の選考に行く日なのだが、もしかしたら中止のお報せが来るかな、と心待ちにしたが、出かける時間になっても、電話はかかってこなかった。覚悟を決めて雨靴を履いて桶川まで出かけた。丁度雪が降っている最中であった。
それでも、埼玉文学館に着くころには雪が止んで、俳句選考部門の三階の部屋に行くためのエレベーターの中に日差しが入ってきた。明日は節分である。
一月もあっという間で、ここに書き込むことがいっぱいあり過ぎて、時間が流れていく。
12日は俳人協会の新年会、そこで、昨年選考委員を受け持った評論新人賞の授賞式が行われた。選考の場ですんなり決まったのが鈴木光影さん「合掌部落」の時間・「吹田操車場」の時間 - 登四郎と六林男の交叉点」だった。
会場で津高さんからものすごく背の高い青年を紹介された。それが鈴木光影さんだった。津高さんは「Sさんの会で会っているのよ」と言ったので思い出した。あの時も飛び切り背の高い青年だった。
そのあと新年会が二つほどあって、今年初めての吟行、それがなんと四年ぶりという大雪の日だった。前日からしきりに大雪の騒ぎをしていたので、どうしたものかとおもったが出かけて行った。3時ごろには帰ろうという相談もしての吟行だった。
この頃の気象庁の予報は本当に正確だ。前日の予想を聞いているときには全く信じられなかった。小春日和と言ってもいい日和だったからである。
翌日は雪掻き、と言っても私にそんな力もなく、お隣の人がみんな片づけてくれた。それから毎日毎日雪のためのトラブルがあちらこちらから入ってきた。
そのせいか、23日の角川新年会は少なかったような気がする。 それと同時に50句応募の授賞式も行われた。やはり短歌は20代だった。
俳句では月野ぽぽなさん。目立つ名前なので憶えていた。アメリカ在住の50歳代。俳句では若手と言える。
首都高速も今日あたりからすべて通れるようになったかもしれない。日本全国氷点下の温度が続いている。この気温は昭和40年前に一度あったということだ。
まー、なんだかんだと言いながらも無事に1月が終わりそうだ。 30日だったか、31日だったかに、皆既月蝕があるはずである。
このところ、明け方の4時ころ目覚める癖がついている。9日の日も同じ時刻に目ざめて、ふと外を見ると何やら空で燃えているようだった。乱視があるので、片目でもう一度東のそらを見上げた。雲がかかっているせいもあるのだが、きちんと三日月にならない。なんだか今にも燃えながら落下してきそうに焔立っていた。
翌日もやはり同じ時刻に目が覚めて、気になっていた月を眺めた。今日も金色に焔だっていた。それより、なんでこの東側の窓から、明け方の月が見えるのか不思議だったが、あまり深追いしていると眠れなくなるので、寝室に戻った。
今朝、暦を繰ってみると、9日は下弦の月だった。月の出の時間をみると、10日が0:33分、11日が1:30分、だからこれを書いている10時はまだ月が出ていないのだ。朝方に東向きの窓から月が見えるのをようやく納得した。
ついでに書いておくと、今月末は皆既月食だそうである。
バス停の広場の隅の道祖神の周りに、10日ほど前まで毎日零余子がぼろぼろ落ちていた。
見上げても芋の蔓も葉も見当たらないので、立ち木の相当高いところを這っているのだろう。その実も、このごろは落ちつくしたのか、まったく見当たらない。
ちょっと残念な気もしたが、到底手の延ばせないところの零余子なの仕方がない。
ところが、その零余子がたくさん送られてきた。一升枡にいっぱいになるほどある。
バス停で幾度も物欲しそうに梢を眺めていた私の心を、神様は汲み取ったみたいだ。吃驚である。
とりあえずは塩茹でで食べてみた。味は里芋とまったく同じである。あとは何にしたらいいのか。火曜日にはカルチャーがある。みんなに神様のお裾分けしようと思う。
69号ににんの再校も済んで、今日は印刷所に送ったので、あとは出来上がりを待つばかり。
信濃町駅から明治記念館までの銀杏並木、ことに球場側の道が落葉の絨毯になっていた。写真は日曜日に撮ったもの。何がというわけでもないが、ずっと眺めていたいような風景である。
絵画館前でなくても、見事な銀杏の落葉道になった。 そうして今日は「ににん」の例会、三日間連続の外出だった。明日からのんびりできると思ったが、届いていた荷物を見たら埼玉文学館からのもの。中身は見なくても分った。俳句応募作品の山である。
そうしてパソコンを開けたら、三原プリントさんから「ににん」の校正を送りました、というメールが入っていた。来週までに佐藤大志の『海炭市叙景』を読まなければならないし、贈呈された書籍は封したまま、積み上げられているし、どうなるのだろう。
今月も三分の一が過ぎた。まだ吟行が二回、読書会とそれに続く忘年会、カルチャーが三か所、そうして、年末は恒例の「ににん」発送が控えている。 もともと、忙しくてこのブログを書くのも間遠くなっているし、映画を観る時間も諦めざるを得ないと思っているのだが、これ以上省くものがあるだろうか。
三年間限定の句会を終えて、エドモントホテルで打ち上げも済ませた帰り道。いつも気になっていたバス停に咲いていた烏瓜の花。どうやって持ち帰ろうかと思ったが、手っ取り早く一つだけ花を持ち帰った。
これは闇夜にしか咲けない花である。昼間の強い日差しに当たったとたんに萎れてしまいそうだ。紫陽花でも真昼は生気をなくすのだから、それは仕方がないことだと思う。
ところで、この三年間限定としたのは、席題に慣れるために始めたもので、この三年間の句は幹事が記録しておいて、これから冊子に纏めることになっている。俳句は句会をしてればいいと思うようだが、それでは途中からだれてしまいがちである。
ときどき、すべてを見わたすことで、自分を認識する必要があると思う。
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