‘喜代子の折々’ カテゴリーのアーカイブ

2020年4月15日

2020年4月14日 火曜日

このところ、毎日毎日風が吹く。散策には少し強すぎるなあと恨めしく窓の外を眺めている。それでも朝の日差しは変わらない。部屋一面の朝日が騒がしく、しばらくは隣接の書斎でパソコンに向かう。
朝日1」書斎では、書こうと思いながら手を付けられなかった「鹿火屋」に拠った人々の糸口を見つけることが出来た。

宅急便がきて開けてみると5年分ぐらいになりそうな短冊だった。丁度日差しが後退してきた居間で、お茶しながら、早くこの短冊を使う日がくればと願うばかりである。

「ひとりお茶」しながらそこで、今度は友人と課している俳句を作る。この友人との俳句作りも30年以上になるかもしれない。相手をしてもらえる人がいるのは、ありがたいことである。

疲れたときには、寝室で横になって本や新聞を読む。目的ごとに家の中を移動しながら、なんと穏やかな日々なんだろうと錯覚している。

椿の新種?

2020年4月7日 火曜日

椿
もう忘れるくらい年月の経った椿の木がある。はじめは鉢で育てていたのだが、開花と同時に錆てしまう。真っ白でいるのはほんのニ、三日。鉢植えでは栄養が足りないのかもしれないと、庭に植えなおしてみた。しかし、もうそれからでも10年以上は経つとおもうのだが、一樹が真っ白な花でおおわれることはない。

見事な大きな椿の花なので、なんとも惜しいと思って、椿の前に立っては、どうすれば錆びないでいてくれるのだろうとうち仰いでいた。大地に植えなおしてあげたのだから、少しは変化があってもいいではないかと思うのだが、鉢植えの時と全く変わらずに錆色の大輪をぼたぼたと地上に落下させるのである。

手のひらからあふれそうな大きな花で、写真に収めてみればまるでこの錆色が本来の色なのかとも思えそうな不思議な色だ。もしかしたら、新種なのかもしれない。茶色だから枯れをイメージしてしまうのだが、案外いい色ではないか。

椿と言えば、昨年の夏だったか、水上の若山牧水の足跡をたどった時に「椿の家」と呼ばれている家で、昼食をご馳走になった。大きな椿の木が目印になる家だったが、秋だったので花は見られなかったが、妖艶な雰囲気を醸し出す椿の木だった。何時か、満開時に花を見たいと思っている。

こごみの収穫

2020年4月7日 火曜日

こごみ
二回のテラスにアケビの蔓が巻きついていた。今年だけではないのかもしれないが、今まで庭の管理はすべて連れ合いの領分になっていたので、気が付かなかった。蔓延ってしまってはたいへんだ。手の延ばせる限りの蔓を切り落とした。

切り落とした蔓を片付けるために庭へでてみると、連れ合いの郷里から移植したこごみが摘み頃だった。六日町では雪解けのあとの野原へよく摘みにいったものだ。

コロナウイルス禍は都会を中心に蔓延していた。明日は安陪さんが緊急宣言を出すようだ。なぜもっと小さなうちに食い止められなかったのか。事情がよくわからないが、よほど明確な症状が出ないと、ウイルス検査をしてくれないみたいだ。理解できない。

そのうえ、呼吸器が足りないし、足りても人手が足りないかもしれないらしい。それで助かりそうな若い人を優先するとか。そんなことをテレビで堂々と語るなんて怖い。

晴天続きの12月

2019年12月26日 木曜日

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今年は大型台風が、いくつもの河川を同時に破壊して通り過ぎた。そのために、いまだ家には戻れない人々も多い。だが、そんな惨事がなかったかのように、12月は好天が続いている。

我が家でも、この12月に入ってから突然、夫が遠くへ行ってしまった。もともと、大病のあとの余力で、療養生活を続けていたが、特別人の手を借りることもなく暮らしていたので、夫が病気である、という意識もあまり持ってはいなかった。

好天というのは有難いとしみじみ思ったのは、夫の葬儀のときである。鏡のように晴れ渡った空の元で粛々と葬儀は終わっているのが救いだった。

ににん77号編集中

2019年12月19日 木曜日

DSC_1212  瑞巌寺に隣接する円通院の紅葉のライトアップは、最終の池に映った紅葉が圧巻だった。

以上までは、11月のはじめ、松島の俳句大会に選者として参加した後に書いておいたのだが、そのまま1ヶ月以上過ぎてしまった。今は、「ににん」最終校正も印刷所に入れ終わったところだ。

このあいだに、夫が亡くなり葬儀も済んた。人が死ぬと葬儀というのが、順序ではあるが、当事者にはすべてが真っ白になってしまった瞬間で、そのあたりまえのことが見えてこない。

しかし、病院では死の直後から葬儀屋さんの手配を促されるのである。死者の傍らでどうすればいいの、という感じだった。それでも無事に夫はおくりだした。世間の儀式から離れたときにやっと夫がいなくなったことを実感した。

ハロウィン

2019年10月31日 木曜日

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数日前、舞岡というところに吟行に行った折に買い求めた南瓜。店の人が美味しく食べられると言ったので、ハロウインまでは、まず眺めて楽しもうと思った。

吟行でもなければ、訪れるチャンスもないところだが、駅から10分足らずのところに集会場もある。広大な田畑があって、四季折々の景が楽しめる。透明な流れのなかに目高ほどの魚が群れを成していた。

同じような魚だが身の透けているようなのと、烏のように真黒な魚が居て、それぞれは別の隊を組んでいた。明日、孫と言ってももう成人だが、遊びにくる。この南瓜をどうにか料理しようかと思っている。

武蔵嵐山

2019年10月27日 日曜日

DSC_1182   26日の埼玉俳人協会の吟行会のために、前日25日から武蔵嵐山に宿泊した。本当はこの日も早くから現地へ出向いて散策をしたかったが、なにしろ台風のさなかの土砂降りの雨。会場へ出向くのがやっとだった。

この武蔵嵐山女性会館の隣は畠山重忠の館跡である。都幾川を一方の砦にした平城であるが、その遺構をなぞりながら、武蔵野の雑木林が広がっている。

翌日、吟行会の日は快晴で、婦人会館のホールの全面ガラスに映った立木が、まるで、ガラス越しの窓の外を撮っているみたいに鮮明だった。

この会館の良さは、武蔵野の雑木のど真ん中を使った建物で、宿泊棟のどの窓からも自然の樹木が見渡せることである。この景色が、ひと時危ぶまれたのは、国会で仕分けの矢面に立ったからだ。

とにかく、この風景が残されてよかった。

台風一過

2019年10月13日 日曜日

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何十年ぶりとか言う大型台風ということで、金曜日から気忙しかった。午後のまだ明るいうちだったが水が品切れ。まー 1日くらいならいいかと思って帰ってきた。

テレビで台風に備えてガラス戸にテープを貼って、割れても飛び散らないようにしたりする様子が映っていた。一個所雨戸のない窓があるので、そうだ、そのヨウジョウテープとやらを買っておけばよかったなと思ったが、すでに店は閉まっている時間だった。

それからずーっと、テレビをつけるたびに、日本中のダムがあふれそうで、日本中の川が危険水域に達しているかのような騒ぎだった。携帯には絶え間なく避難勧告の緊急メールが入った。

ベットに入る頃が台風の襲来する時間と合ってしまい、雨戸に当たる雨が新聞紙をガサガサもんでいるような音に聞こえた。そのせいではないのかもしれないが、なんとなく寝付けなくて何回も起きて雨を確かめていた。昔もこんなふうに、眠れないで過ごした台風の夜があった。

台風は、4時ごろはもう北上したようで、静かだった。雨戸を半分開けて外を眺めると満点の星空だった。こんな日なら、外へ出れば銀河も探せるかもしれない。

曼殊沙華

2019年9月27日 金曜日

DSC_1120    前回の書き込みが6月28日だった。ということは丸々3ヶ月が経っているのだ。書くことがないわけでもないのだが、間を置くといろいろ書くことが溜まってしまってどれを話題にしていいのか迷ってしまうのだ。

先日句友から、このごろ書いていないのでどうかしたのか思っていた、と言われたて、確かにそう思われてしまうかもしれないと思った。3ヶ月なんてあまりにも長すぎる怠慢だ。

今日は眼科に薬をもらいに行って帰りに,入るときには気が付かなかった曼殊沙華の花に出会った。帰ってきたら、我が家にも咲いていた。曼殊沙華は全国一斉に開花すると聞いたことがあるのだが、本当だろうか。

広島のににんを作ってくれてる印刷所のあたりも、曼殊沙華が咲いているのだろうか。76号が出来あがってきた。これから発送の準備をしなければ。

蛇笏賞

2019年6月28日 金曜日

DSC_1007     6月28日の蛇笏賞授賞式、今年は大牧宏さん。だが、この受賞のお知らせはご本人がしっかり受けたようだったが、受賞を受け取りにきたのはご本人ではなかった。でも、よかった。大牧さんは最晩年になってから、さまざまな大きな賞を受けられた。本来はもっと早く受けてもよかったのではないだろうか。

わたしは一度もお目に掛ったことがないまま月日が過ぎてしまっていたが、昨年の詩歌文学館賞を頂いたときには、一番に電話で祝ってくださった。あれが最初で最後の大牧さんとの電話の交流だった。
DSC_1006 

紫陽花が今年は濃く咲いた。
授賞式の翌日は所用で京都に行ったが、何処にもよらずにトンボ返り。ホテルの隣の小さな神社に、青々とした茅の輪が据えられていたのでお参りをしてきた。

バスの中から四条河原に張り出し川床が見えた。

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