‘喜代子の折々’ カテゴリーのアーカイブ

栃本関所跡

2018年5月4日 金曜日

花まつり5

 

思いがけずにも、久しぶりに栃本まで車を走らせてくれる人がいた。埼玉も外れの栃本は15年くらい前までは、年に一度くらいは訪れていた。

秩父往還道のどん詰まり。現在はトンネルを通したので山梨県まで通りぬけられる。そのせいか、以前は何軒もあった民宿がなくなっていた。そうして、この村のこいのぼりが全部ひと処に集まって泳いでいた。

春は山菜を食べにゆき、秋には鹿の声を聞くために出かけた。鹿火屋の研修会を開いたこともあって、原裕先生とも二回ほど出かけた。川崎展宏先生と貂のお仲間ともバスを仕立てて昼食を食べに行った。
訪れるときには、必ず栃餅を搗いて貰った。DSC_0371

桜の開花

2018年3月25日 日曜日

DSC_0155

金曜日に撮ったもの。今日あたりは5分咲きくらいになって、河原は花見客で埋まっているだろう。風もなく穏やかな日和だ。

桜の頃はなぜか忙しい。それなのに後先も考えないで、旅行の企画に次々に乗ってしまうのは桜のせいである。今月末の桜吟行から始まって、四月の初めの富山の蛍烏賊を見に、次の週は富士山の見えるところで桜見物。

あとは用心して健康を保っておかないと、5月は大事な旅が二つも控えている。その一つが、詩歌文学館賞の授賞式にいくこと。自分のことなのに自分のことではないような気分でふわふわしているうちに、北上の文学館から二日間の予定表も送られてきた。

授賞式の翌日は遠野へ案内していただけるようだ。遠野は懐かしい。まだ東JRの新幹線が走っていなころに、夜行で遠野に行ったことがある。原裕先生の案内だった。

明日は節分

2018年2月2日 金曜日

DSC_0131

一週間前の雪が消えないうちにまた雪予報。埼玉文学館に応募俳句の選考に行く日なのだが、もしかしたら中止のお報せが来るかな、と心待ちにしたが、出かける時間になっても、電話はかかってこなかった。覚悟を決めて雨靴を履いて桶川まで出かけた。丁度雪が降っている最中であった。

それでも、埼玉文学館に着くころには雪が止んで、俳句選考部門の三階の部屋に行くためのエレベーターの中に日差しが入ってきた。明日は節分である。

纏めて一月

2018年1月26日 金曜日

一月もあっという間で、ここに書き込むことがいっぱいあり過ぎて、時間が流れていく。

12日は俳人協会の新年会、そこで、昨年選考委員を受け持った評論新人賞の授賞式が行われた。選考の場ですんなり決まったのが鈴木光影さん「合掌部落」の時間・「吹田操車場」の時間 - 登四郎と六林男の交叉点」だった。

会場で津高さんからものすごく背の高い青年を紹介された。それが鈴木光影さんだった。津高さんは「Sさんの会で会っているのよ」と言ったので思い出した。あの時も飛び切り背の高い青年だった。

そのあと新年会が二つほどあって、今年初めての吟行、それがなんと四年ぶりという大雪の日だった。前日からしきりに大雪の騒ぎをしていたので、どうしたものかとおもったが出かけて行った。3時ごろには帰ろうという相談もしての吟行だった。

この頃の気象庁の予報は本当に正確だ。前日の予想を聞いているときには全く信じられなかった。小春日和と言ってもいい日和だったからである。

DSC_0124 翌日は雪掻き、と言っても私にそんな力もなく、お隣の人がみんな片づけてくれた。それから毎日毎日雪のためのトラブルがあちらこちらから入ってきた。

そのせいか、23日の角川新年会は少なかったような気がする。 それと同時に50句応募の授賞式も行われた。やはり短歌は20代だった。

俳句では月野ぽぽなさん。目立つ名前なので憶えていた。アメリカ在住の50歳代。俳句では若手と言える。

首都高速も今日あたりからすべて通れるようになったかもしれない。日本全国氷点下の温度が続いている。この気温は昭和40年前に一度あったということだ。

まー、なんだかんだと言いながらも無事に1月が終わりそうだ。 30日だったか、31日だったかに、皆既月蝕があるはずである。

金色の月

2018年1月11日 木曜日

このところ、明け方の4時ころ目覚める癖がついている。9日の日も同じ時刻に目ざめて、ふと外を見ると何やら空で燃えているようだった。乱視があるので、片目でもう一度東のそらを見上げた。雲がかかっているせいもあるのだが、きちんと三日月にならない。なんだか今にも燃えながら落下してきそうに焔立っていた。

翌日もやはり同じ時刻に目が覚めて、気になっていた月を眺めた。今日も金色に焔だっていた。それより、なんでこの東側の窓から、明け方の月が見えるのか不思議だったが、あまり深追いしていると眠れなくなるので、寝室に戻った。

今朝、暦を繰ってみると、9日は下弦の月だった。月の出の時間をみると、10日が0:33分、11日が1:30分、だからこれを書いている10時はまだ月が出ていないのだ。朝方に東向きの窓から月が見えるのをようやく納得した。

ついでに書いておくと、今月末は皆既月食だそうである。

明けましておめでとうございます

2018年1月4日 木曜日

ににん69号は新年1日、2日のあたりで届いたようで、いちばん丁度良い頃合に到着したようで、やれやれです。戌年なので、雑誌のあちらこちらにワンちゃんを遊ばせました。あたらなカットの書き手山下添子さんの手になるもの。本年もよろしくお付き合いください。
DSC_0083 新年は仙台の娘の家で過ごしましたが、帰る日の朝、雪景色が見送ってくれました。さてと、新たな年に仕切り直しをしてみても、何をどうすればいいのかわかりません。ただただ、今年も目の前のやらなくてはならないものをやりこなす、ということで終わってしまいそうです。
 

 

神様は聞いていた

2017年12月14日 木曜日

DSC_0071バス停の広場の隅の道祖神の周りに、10日ほど前まで毎日零余子がぼろぼろ落ちていた。

見上げても芋の蔓も葉も見当たらないので、立ち木の相当高いところを這っているのだろう。その実も、このごろは落ちつくしたのか、まったく見当たらない。

ちょっと残念な気もしたが、到底手の延ばせないところの零余子なの仕方がない。
ところが、その零余子がたくさん送られてきた。一升枡にいっぱいになるほどある。

バス停で幾度も物欲しそうに梢を眺めていた私の心を、神様は汲み取ったみたいだ。吃驚である。

とりあえずは塩茹でで食べてみた。味は里芋とまったく同じである。あとは何にしたらいいのか。火曜日にはカルチャーがある。みんなに神様のお裾分けしようと思う。

69号ににんの再校も済んで、今日は印刷所に送ったので、あとは出来上がりを待つばかり。

銀杏並木

2017年12月11日 月曜日

DSC_0064  信濃町駅から明治記念館までの銀杏並木、ことに球場側の道が落葉の絨毯になっていた。写真は日曜日に撮ったもの。何がというわけでもないが、ずっと眺めていたいような風景である。

絵画館前でなくても、見事な銀杏の落葉道になった。 そうして今日は「ににん」の例会、三日間連続の外出だった。明日からのんびりできると思ったが、届いていた荷物を見たら埼玉文学館からのもの。中身は見なくても分った。俳句応募作品の山である。

そうしてパソコンを開けたら、三原プリントさんから「ににん」の校正を送りました、というメールが入っていた。来週までに佐藤大志の『海炭市叙景』を読まなければならないし、贈呈された書籍は封したまま、積み上げられているし、どうなるのだろう。

今月も三分の一が過ぎた。まだ吟行が二回、読書会とそれに続く忘年会、カルチャーが三か所、そうして、年末は恒例の「ににん」発送が控えている。 もともと、忙しくてこのブログを書くのも間遠くなっているし、映画を観る時間も諦めざるを得ないと思っているのだが、これ以上省くものがあるだろうか。

いよいよ師走

2017年11月29日 水曜日

穀象なんでこんなに忙しいのか、とおもうほど忙しい。そんな中ようやく句集が誕生。よりによってこんな気持ちの悪い虫の名前を句集名にしたのと思う方がいっぱいいると思ったが、わたしは、この立派な名前が気に入っている。

『穀象』という字面からも昔話りにでてきそうな名前ではないだろうか。体調三ミリほどしかない虫に誰が穀象なんて名づけたのだろう。ふらんす堂さんも苦心して、見たこともない虫を画像化してくださった。これが出来たので、心置きなく俳人協会の自註シリーズにとりかかれる。

    穀象に或る日母船のやうな影

萱かしら

2017年9月27日 水曜日

20170925_161332_Burst01 **20170925_161225_Burst01

まさに水澄むの季節で、川の水がよく澄んでいる。鮎くらいの魚が群れて、時々水底の砂利に貼り付く。多分水苔を食べるのだろう。同じ川に端で小さな魚の群が、大きな魚とは決して交わろうとはせずに泳いでいる。

この川の土手に、この水澄むころになると、写真のような萱の類かなと思う丈高い草が茂って旅心を湧かせる。よく見かけそうな草なのだが、名前が判らない。そのうち、図書館で探してみようかと、思う。

今日から「ににん」の発送準備。

トップページ

ににんブログメニュー

HTML convert time: 0.403 sec. Powered by WordPress ME