さざんくわや十数へたら鬼となる   柏柳明子

毎日の生活は、それほど変わったことが起こるわけでもない。掲出句、鬼になった子供が顔を隠しながらひとつふたつと数えているのだ。十になれば、隠れた子供たちを見付け出すことが出来るのも決まりだ。

それなのに(十数へたら鬼となる)の措辞が非日常へ誘うのは単に鬼の言葉だけではない。風景の把握の掴み方の冴えとも言える。ほかに、(恋ひとつ海に透きたる海月かな)(黒揚羽大日如来より来たり)(ページ繰るやうに特急電車冬)などがある。

柏柳明子句集『発揮』  2015年  現代俳句協会新鋭シリーズより

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  1. […] 以下のウェブページが柏柳明子句集『揮発』から作品を抄出して紹介。・閑中俳句日記(別館) -関悦史-・『ono-deluxe』(小野裕三公式ブログ)の空間 〈もはや男性には太刀打ちもできない感覚の世界の中ですべてが紡がれているよう〉と批評。また、以下のページが柏柳明子句集『揮発』の1句を鑑賞。・ウラハイ = 裏「週刊俳句」 関悦史氏が「サイフォンの水まるく沸く花の昼」を取り上げ、〈「まるく」の完結性と求心性が「花の昼」を引きつけ、結晶させている〉と鑑賞。・伊丹俳句ラボ 塩見恵介氏が「梨剥いて360°ひとり」を取り上げ、〈「意識された孤独」といった、淡泊な「気付き」の句。梨という季語のポテンシャルの高さにも気づかされる〉と鑑賞。・俳句雑誌 ににん 岩淵喜代子氏が「さざんくわや十数へたら鬼となる」を取り上げ、〈(十数へたら鬼となる)の措辞が非日常へ誘うのは単に鬼の言葉だけではない。風景の把握の掴み方の冴えとも言える〉と鑑賞。 […]

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