老いてゆくところどころを青簾     酒井和子

老いという言葉を詠むのは基本的には避けている。それはそのことばの中には人生のすべてが込められていて、結局は老いを解説する領域を出られないからである。それほど、老いは周知の認識なので、それを越えた世界で詠むのは、ある種の志が必要なのである。

掲出の句は長い人生をたった十七文字で言えたことにまず驚くのである。その長い人生の折々に青簾をオーバーラップさせて、流れ去る時間と静止する時間とが、爽やかに織りなされている。(老年も吊玉葱もにぎやかな)(座り直してあといくたびの雛納)など、句集にはこれまでになく老いを意識した句が散見できる。

しかし、それは諦念というより直視という潔い切り取り方である。他に(昨日より今日直に見て牡丹の芽)(次ぎの世の青空の見え桐の花)などにもこの世とかの世の境を見据えているのが伝わってくる。(第三句集『花樹』 2014年 角川学芸出版)

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