『りいの』2012年11月  主宰・檜山哲彦

交響する言葉  書評ほか 卓田 謙一

時空を超えて 岩淵喜代子句集『白雁』  
 同人誌「ににん」代表の岩淵喜代子氏の第五句集である。
平成二〇年に上梓した第四句集『嘘のやう影やう』以降の三〇八句が収められている。
 岩淵氏は大胆な把握で瞬間を切り取り、時空を超えて自在に言葉を操る旅人である。

  今生の螢は声を持たざりし

 何という発想だろう。今の世に生きている螢は声を持たされていないというのだ。人々が愛でるあの螢の明滅は、失った声の代わりに与えられたものだったのか。ゆらゆらと流れる螢の明滅が人々を幽玄の世界に誘うのは、それが前生や後生とつながっているからか。時空を超えてつながっているものを主題、もしくは背景とした作品は多い。

  化けるなら泰山木の花の中
  昼も夜もあらずわれから鳴くときは
  残生や見える限りの雁の空
  いわし雲われら地球に飼はれたる
  風呂吹を風の色ともおもひをり
  狼の闇の見えくる書庫の冷え
  尾があれば尾も揺れをらむ半仙戯
  幻をかたちにすれば白魚に
  花ミモザ地上の船は錆こぼす

 直感的な取り合わせの妙と、選び抜かれて掬い取った言葉とが、読み手の胸に詩情を膨らませる。叙情的な作品の中に時折、にやりと微笑を誘う句も。

  金魚屋の金魚は眼閉ぢられず
  浜碗豆咲けばかならず叔母が来る
  目も鼻もありて平や福笑
  決闘の足取りで来る鷹匠は

 「あとがき」で岩淵氏は「書くことは『生きざま』を書き残すことだと錯覚してしまいそうですが、等身大の自分を後追いしても仕方がありません。句集作りは、今の自分を抜け出すための手段のような気もしてきました」と書いている。また「自分を変える旅をしたいと切に思っています。言い換えれば『憧れ』を追う旅とも言えます」とも。
 この句集には「雁」の句が十七句収められている。句集名ともなった
  万の鳥帰り一羽の自雁もには、「今の自分を抜け出すための手段」や「自分を変える旅」への願いも込められているに違いない。
             (平成ニ十四年四月 角川書店)

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