『太陽』2012年七月号  主宰 務中昌巳

岩淵喜代子句集『白雁』鑑賞     筆者 吉原 文音

  「ににん」代表の第五句集。氏の独特の感性から流れ出す詩情の本流、「初夏や虹色放つ貝釦」が巻頭を飾り、一ぺージめくると、「化けるなら泰山木の花の中」といった伏流が流れている。その伏流は本当に非凡で、句集の音色に変化をもたらし、色相を変える。氏の魅力はここにある。

  青鷺の飛びだつときの煙色
 青葉を「煙色」と描写した句眼に脱帽である。これ以上の表現を、私は知らない。

  太宰忌の水盛り上げる鯉の群
 大宰は玉川上水で入水した。大宰を呑み込んだ川の水の勢いを思わせるように、鯉の群が水を盛り上げたのである。心に衝撃が走る。

  病葉も踏めば音して哲学科
  「病葉」と「哲学科」の取り合せが新鮮にマッチしている。「音」がするということは、存在を語っているということだ。ここに哲学がある。

 花ミモザ地上の船は錆こぼす
 「地上の船」とは、或いは津波で押し上げられた船かもしれない。「花ミモザ」と「錆」の衝撃が生み出す詩の世界。それは、光と影、新しさと古さ、エネルギッシュな生と死の対比でもある。

  地獄とは柘榴の中のやうなもの
  「柘榴」のグロテスクなイメージを「地獄」とさらりと言ってのけるとは。私はもう、叫ぶしかない。

共鳴句
  初夏や虹色放つ貝釦
  化けるなら泰山木の花の中
  藁屋根の藁の切口夏燕
  たぶの木に椨の闇あり青葉木菟
  空蝉を鈴のごとくに振つてみる
  蒲の穂は土器の手触り土器の色
  獣らの輪廻転生踊子草
  頬といふつめたきところ楠若葉
  或る蟻は金欄緞子曳きゆけり
  鬼の子や昼とは夜を待つ時間
  着水の雁一羽づつ闇になる
  荒牛のごとく先立て鞍馬の火
  影のごと立つも座るも月の鹿
  遠い田を沖と呼んでは耕せり
  春愁のときどき薬飲む時間
  幻をかたちにすれば白魚に
  牧開くとて一本の杭を抜く
 刺激に継ぐ刺激と快感。私の愛読書となった。

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