岩淵喜代子句集『白雁』鑑賞 筆者 吉原 文音
「ににん」代表の第五句集。氏の独特の感性から流れ出す詩情の本流、「初夏や虹色放つ貝釦」が巻頭を飾り、一ぺージめくると、「化けるなら泰山木の花の中」といった伏流が流れている。その伏流は本当に非凡で、句集の音色に変化をもたらし、色相を変える。氏の魅力はここにある。
青鷺の飛びだつときの煙色
青葉を「煙色」と描写した句眼に脱帽である。これ以上の表現を、私は知らない。
太宰忌の水盛り上げる鯉の群
大宰は玉川上水で入水した。大宰を呑み込んだ川の水の勢いを思わせるように、鯉の群が水を盛り上げたのである。心に衝撃が走る。
病葉も踏めば音して哲学科
「病葉」と「哲学科」の取り合せが新鮮にマッチしている。「音」がするということは、存在を語っているということだ。ここに哲学がある。
花ミモザ地上の船は錆こぼす
「地上の船」とは、或いは津波で押し上げられた船かもしれない。「花ミモザ」と「錆」の衝撃が生み出す詩の世界。それは、光と影、新しさと古さ、エネルギッシュな生と死の対比でもある。
地獄とは柘榴の中のやうなもの
「柘榴」のグロテスクなイメージを「地獄」とさらりと言ってのけるとは。私はもう、叫ぶしかない。
共鳴句
初夏や虹色放つ貝釦
化けるなら泰山木の花の中
藁屋根の藁の切口夏燕
たぶの木に椨の闇あり青葉木菟
空蝉を鈴のごとくに振つてみる
蒲の穂は土器の手触り土器の色
獣らの輪廻転生踊子草
頬といふつめたきところ楠若葉
或る蟻は金欄緞子曳きゆけり
鬼の子や昼とは夜を待つ時間
着水の雁一羽づつ闇になる
荒牛のごとく先立て鞍馬の火
影のごと立つも座るも月の鹿
遠い田を沖と呼んでは耕せり
春愁のときどき薬飲む時間
幻をかたちにすれば白魚に
牧開くとて一本の杭を抜く
刺激に継ぐ刺激と快感。私の愛読書となった。