NHK学園「俳句」2012年春号

◆四季の季題とその作品鑑賞◆   筆者 太田土男(「草笛」代表)

   悪行をつくして蝶となりにけり    岩淵喜代子
 
 第三句集『硝子の仲間』(平成15年刊)に収められています。不思議な句集名と思われるから知れませんが、〈空蝉を硝子の仲間に加へけり〉の一句から採っています。空蝉のあの感触を「硝子の仲間」と見る感覚はよく分かると思います。まさにここに岩淵喜代子のポエジーがあります。
 蝶の句も、彼女のポエジーです。「悪行をつくして」とは、人間の視点です。数ミリの蝶の卵は孵化すると脱皮を繰り返し、終齢にもなればその食欲は凄まじいものがあります。耳を澄ませば、咀喝音すら聞こえることがあります。もしその植物を栽培しているものなら、「悪行をつくして」といいたくもなるでしょう。しかし、一歩突き放してこの句を読んでみると、作者は案外拍手をしているようなところがあります。『堤中納言物語』には、「虫愛づる姫君」という話がありますが、その姫君のように、蝶の生態を肯定し、いのちを賛美しています。私は俳句の一つの課題として、あらゆる生きもののいのちを詠む。それが大切ではないかと思っています。東日本大震災を契機にいよいよその思いを深くしています。

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