数か月前には同じ著者から『鯨のこゑ』という一書を頂いている。その中にーー『鯨のこゑ』は私の声くらいな謂れ――だと書き記されていた。とすると、この『鯨の耳』は「わたしの耳」ということになる。すなわち「滝」会員の作品論であり、俳句論である。章立てには、季語・物名・地名・時間空間・歴史 民俗・芸術 芸能・表現 技法と直截的に目次になっている。それらが、菅原氏の住む風土にまぶされて語られているのが、創意であり、個性であると同時に、確かな言葉となって届けられている。
数か月前には同じ著者から『鯨のこゑ』という一書を頂いている。その中にーー『鯨のこゑ』は私の声くらいな謂れ――だと書き記されていた。とすると、この『鯨の耳』は「わたしの耳」ということになる。すなわち「滝」会員の作品論であり、俳句論である。章立てには、季語・物名・地名・時間空間・歴史 民俗・芸術 芸能・表現 技法と直截的に目次になっている。それらが、菅原氏の住む風土にまぶされて語られているのが、創意であり、個性であると同時に、確かな言葉となって届けられている。
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