‘ににん燦燦’ カテゴリーのアーカイブ

浜田はるみ第一句集『韻き』 2015年  本阿弥書店

2015年12月13日 日曜日

IMG_20151213_0001   昨日に続いて、浜田はるみさんの第一句集が出来上がりました。まだ出来立てのほやほやで、発送はこれからだと思いますが、気持ちのいい句集だと思います。

日向ぼこ神がとなりに来て座る

風鈴を水平線に吊るしけり

家計簿をひらく銀河の片隅で

大寒や枕に耳の置きどころ

留守番の代り盥の大西瓜

葉書出しそびれてへちまぶら下がる

掛け声は端から端へ稲を刈る

一身に海を集めて海女潜く

それからは百日草の真昼かな

 

山内美代子著『藤が丘から --墨彩画と俳句』

2015年12月12日 土曜日

  山内美代子ブログワンタッチ日傘開きぬ山の駅

躊躇いもなく素早く開くワンタッチ傘は、布の張りつめる音も、ことさら山の駅では響いただろう。ただそれだけの風景であるが、これからドラマが始まりそうな印象的なシーンである。私には、冒頭の句は山内美代子さんそのものに思えるのである。彼女はまるで屈折など持たないかのごとく真正面から物事を見詰め、人に向き合う質なのである。その率直さに好感を持つのは、私ひとりではないだろう。

 初花の混み合ふところうすみどり

もちろん、ワンタッチ日傘とは違う深遠な句も作れる作家である。当時、所属していた「貂」の指導者川崎展宏氏は、良い作品が出来ると自分が作ったかのように喜び騒ぐのだった。この句のときも、投稿されてきた句に興奮していた。自分の鑑賞を作者である山内さんに確かめ、さらにわたしにも電話してきたのである。

山内美代子さんと私は「鹿火屋」に入会したのが同時期で、原先生を囲む吟行の旅も一緒だった。その後、『菜の花は移植できるか』の著書を持つ佐藤和夫氏から「貂」への入会を促されたときも、二人で参加した。そうして、ほぼ四十年ほどの月日を過ごしてきた。

昭和四年生れの彼女は今年八五歳。一度はいまさら本など作っても、と思ったこともあったようだ。私もそれもそうだな、とあえて勧めることもしなかった。ところが五月に鳩居堂で墨彩画の展覧会を開催することを思い立った途端に、本も作りたくなったようだ。行動を起こすと、細胞が活気づいて志向も行動的になるのだろう。その活気が山内美代子さんの魂と繋がって、この一冊に纏まった。 (序のかえて  岩淵喜代子)

ににんホームページ

2015年7月25日 土曜日

ににんホームページのトップ画面をほんの少しだが手直しして貰った。もともとあった絵は創刊号に使用したもの。その絵に加えて創刊二年目の絵を加えてランダムに入れ替わるようにしてくれた。

断然おしゃれになった。どちらもとっても気に入っている絵である。 創刊号の絵は何回も説明したことがあるので省くが、二年目の絵は俳句教室の生徒さんの娘さんが描いたもの。既にいろんな経歴を持つプロの画家の絵を提供して頂いたのである。 何故、街という限定にしたかと言えば、色紙にモノクロ印刷をすることで華やかさが出るからだった。

その上に街という空間を切り取ることで、表紙に奥行きが生まれるのが嬉しかった。 ホームページはずっと同じ絵だったので変えようかな、と二年目の絵を見せたら、現在のような画面になった。さすがプロのwebデザイナー。デザイナーは、ににんの表2に「英語で読む奥の細道」を連載している木佐梨乃さんだが、どちらにも才能のある人だ。

増殖する俳句歳時記

2012年4月22日 日曜日

 このところ「喜代子の折々」をサボっているのではないの、と言うひとがいた。たしかに更新の頻度が減っていたかもしれない。ほんとうをいうとあまり下らないことを書いてもしかたがない、という自省の思いがあったからである。でも今日は嬉しいことがあったので書きとめておく。

 今日の「増殖する俳句歳時記」に、「にににん」の木津直人さんの句が採用されている。いまさら紹介するまでもない「増殖する俳句歳時記」だが、七人の評者のひとりが交替した。その新しい書き手の小笠原高志が「ににん」春号から見付けだしてくれたのが「雁帰る沖にしづめる剣いくつ  木津直人」である。

評者小笠原さんについては、もうすでにどこかに紹介されたとはおもうのだが、正津勉さんを中心に行われている万愚句会のひとりで爽やかな青年である。すでに俳句評を読んでもわかるように彼の持っている真摯な文学教養を十二分に発揮した文章で楽しみである。

本阿弥書店『俳壇』5月号

2012年4月20日 金曜日

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ににん46号 新企画

2012年4月3日 火曜日

予定通り「ににん」46号春号が発送出来た。昨日か今日あたりには大方の人の手に渡る筈である。てんやわんやのうちに、必ず一つぐらいの失敗やらミスやら重ねながら、それでも46回目の雑誌を完成させた。とにかく、発行しなければ先へ進めない。

この号からエッセイの栞を入れた。というのは「ににん」は評論も俳句も一定の枠を作りながらも、誰でも無制限に受け付けている。しかし、エッセイの類は最後の頁の「俳句の背景」と火と灯の歳時記のための「ミニエッセイ」のほかは設けていない。随筆の場も設ければ、という声も上がるかもしれないが、このエッセイも自由にしてしまうと、あまりに範囲がひろくなって、俳句雑誌の方向が緩んでしまう。

それで、栞形式を取ることにした。今回は本当の栞そのもののように3人しか書かなかったが、人数が増えれば冊子に発展する可能性も出てくる。なによりも、書き手が書く場を得ることで、自分を蓄積させていけばいいと思っている。実際のところ、私もエッセイを書くことに魅かれるのだが、今は石鼎に決着を付けたいと思っているので、「雁の玉章」制作に専念したい。

急に思いついた企画、栞「雁の玉章」一号ではあるが、栗原良子さんと木津直人さんの二人が名乗りをあげてくれた。どちらも、才人の愉しい文章である。私は今回は頁の都合上、奇数人にしなければならないので、やむなく以前発表したものを転載した。企画は十五周年まで続けたい。

120403_1722~01

絵になる人がいるものだが、花でも殊に絵になるものがある。それがポピーである。なんの造作もかけないのに、いかにも絵になるように配置された。

子規新報 第2巻32号  

2011年7月9日 土曜日

俳句雑誌評    筆者 三好万美

『ににん』十一年一月一日発行
代表 岩淵喜代子 

 創刊十周年記念号であり、特集は、「物語を詠む」である。
巻末の「ににん十年のあゆみ」によると、この「物語を詠む」の特集は、二〇〇四年から続いている独自の特集のようだ。
十周年を記念しての寄稿には、「『ににん』は俳句にとどまらず、詩や短歌にも広い見識を持っているのが評論やエッセイから伝わる。(中西夕紀)」とある。
『ににん』の年表を見ていると、田中庸介氏の「わたしの茂吉ノート」を読んでみたいと思った。

 いよいよ特集「物語を詠む」である。十周年ということで、岸本尚毅、齋藤愼爾、筑紫磐井、八木忠栄が物語を詠んで俳句を寄稿している。
会員の方々はどんな小説を選んでいるのかと、わくわくして目次を詠む。古事記、木曽義仲物語から乙一まで、選ばれた小説は幅広く、それぞれの書き手の趣味と感性が共鳴し合っている。

「物語を詠む」より
佐藤さとるの『誰も知らない小さな国』を詠む
ポケットからこぼれたやうな菫咲く        荒木孝介

人宰治の『千代女』を詠む
お使ひのタバコを五つ桜草            石井 圭子

向田邦子の『きんぎょの夢』を詠む
父の忌のお経浪々水羊葵
らやぶ台を囲みて正座涼しかり          及川希子

星の王子様』を詠む
水のんでみるくのやうな春の朝
あたたかく夜明けの星となりにけり         川村研治

乙一の『夏と花火と私の死体』を詠む
扇風機がくんと首の折れてゐる           武井仲子

深沢七郎の『桐山節考』を詠む
空っぽの背板の雪を払ひけり            尾崎じゅん木

ににん集・・・「月」より
月光の届かぬ部屋に眠るなり           岩淵喜代子
親指と向き合ふ小指月の笛            望月遥
産み月の髪重かりし養花天            中村善枝
 俳句作品の後に月にちなんだエッセイ(「月下独酌」というタイトルが詩的)があり、『ににん』の俳人たちの日常と感性の源をうかがい知ることができた。

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『ににん』十周年記念号は『俳句研究』夏号にも、取り上げられていますのでお手にとってみてください。岩淵

『俳句四季』3月号

2011年3月2日 水曜日

 

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『俳句』3月号 ヘッドライン

2011年3月1日 火曜日

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